スィート&スィート

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 日頃の疲れもあって、僕はぐっすり眠っていた。
 何時頃かわからない。とにかく深い時間だと思う。ベッドがギシリと沈み込んだのを感じて、僕は目を開けた。暗闇に目が慣れなくてすぐには理解できなかったが、隣のベッドで寝ているはずのカインが、僕のベッドに潜り込んできたのだった。
 ああ、またか。
 小さな宿屋の簡素なベッドでは、大の男二人が並んで寝るには少々無理があったが、僕はできるだけ壁際に寄って、半分以上の場所を彼のために空けてやった。眠っている僕に配慮しているつもりなのか、カインは終始無言で、シーツの中に身体を滑らせてきた。

 近頃の彼は、寝覚めの悪い夢を見ると、こうして僕のベッドに潜り込んでくる。寝ぼけ眼の僕も、黙ってそれを受け入れる。
 配慮しているつもりでも、僕を起こさないようにできるだけ静かに、という様子がまるで感じられないのが不思議だ。彼も、覚醒しないように、半ば無意識で動いているのかもしれないけれど。
 彼はベッドに横になると、ずりずりと身体をずらして、シーツの中に潜り込んでいく。僕より長身の彼が、僕より小さくなってしまう。僕の胸に顔をうずめて、腰に両腕をぴったりと回してくっついてくる。なのに、僕が彼の背中を抱くように腕を回すと、肩を怒らせて跳ね除けてくる。
 何なんだ。
 彼の頭を抱えようとしたら、首を振って拒み、そうさせてくれない。
 わけがわからない。
 自分が抱きつくのはいいけれど、僕が抱き締めるのは嫌なようだ。ひとのベッドに潜り込んできておいてそんな勝手はないだろう。文句の一つも言いたいけれど、まどろみには抗えなくて、結局、彼の好きにさせたまま、僕は、明日はエッジより早く起きなければ、とうつらうつらしながら、再び眠りの世界へいざなわれていった。


「時間だ、セシル」
 カインに揺り動かされ目を覚ました。身体を半分起こし、眠い目を擦ってエッジのベッドを見ると、彼は、枕を股の間に挟んだ寝姿で、いまだ高いびきをかいていた。
 心配する必要なかったな、と安堵した僕は、組んだ両手を頭上に挙げて大きく伸びをした。が、その瞬間、ぴきっと背中の筋が鳴ったような音がした。
「痛!」
 僕の叫びにカインが振り返った。
「どうした」
「ん、何か、背中が痛かった」
 原因はわかっている。狭いところで窮屈な恰好で寝たからだ。目の前のカインを見上げると、彼は既に身支度を整えていて、すっきりと、いつものように恰好良かった。
 何か腑に落ちない。
 彼にも原因はわかっているはずだ。彼がどう応えるか、僕がじっと見上げると、カインは口の端を少し上げて、にやりと笑った。
「お人好し」
「……」
 そう言われて僕は、むっとするよりも、呆気にとられてしまった。確かに、彼はいつも僕のことを「お人好し」と言っていたけれど、まさか今朝のこの状況で言われるとは思わなかった。
 ぽかんと口を開けたままの僕を尻目に、彼は、朝の爽やかな風を部屋に入れるため、窓辺に寄って行った。


 バスルームで支度を整える。歯を磨き、顔を洗い終えて洗面台の上に掛かった鏡を見上げると、鏡の中、僕の背後にカインが突っ立っていることに気付いた。
「あ、まだだったのか。ちょっと待ってくれ」
 彼に場所を譲るため急いで顔を拭こうとしたところ、背中にこつんと何かが当たる感触がした。鏡の中に彼の姿は無い。首だけをひねって振り返ると、彼が僕の背中に額を充てていた。
「ありがとな」
「え……あ、ああ……」
 唐突に礼を言われ、僕はうろたえた。
 もう、何なんだ。
 これじゃあ、やられっぱなしだ。イニシアティブを取られっぱなしではおもしろくない。僕は彼の方に身体ごと向き直り、行動に出た。
「そんな礼じゃ、背中の痛みに足りない」
 僕は普段より低い声を出した。え、と小さく口を開け、戸惑いの表情を見せた彼に、僕は笑いながら顔を寄せキスをした。
 唇を離すと、彼は呆れた顔をして、ふうと短い息を吐いた。
「おまえって、意外とあれだよな……」
「ん?」
「いや、いい」
 彼の言葉の続きは気になったけれど、この機を逃してはいけない。伸ばした両腕の中に彼を閉じ込め壁に両手をつき、再び顔を寄せ、柔らかな唇にごく軽く噛み付いた。

 こうして僕たちはくすくすと笑い合いながら、エッジが起き出してくるまで、おはようのキスにしては少し濃厚なキスを楽しんだ。








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華音さんからのリクエスト
「セシカイで、セシルに甘えるカイン」でした。
おっしゃるとおりだと思い、書いてみました。あ、甘えてるかな、これ……むしろ身勝手? 
遅くなりましたが、楽しく書けました。ありがとうございました。








2008/08/03
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