フラワー・オブ・ロマンス

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 強風に煽られ、カインは思わず顔に手をかざした。見渡す限り草一本生えていない荒地は吹きすさぶ風に砂塵が舞い、ぼんやりと視界も利かない。頭上には、何十羽ものカラスが耳を塞ぎたくなるほど喧しく群れ飛んでいて、不吉な予感に背筋がぞっとした。

 二人で出かけた交渉の帰り道、ある大陸の南端を通過していたとき、突然、ゴルベーザは着陸を命じた。また主の気まぐれだと軽く考えていたカインだったが、降り立った土地の荒廃ぶりに驚きと不安を隠せなかった。

 飛空艇の見張りを部下に任せ、ゴルベーザは無言で歩き始めた。カインも後に続く。少し歩くと集落と思しき土地に出た。集落と言っても、それらは「家」とは言いがたい、板や帆布を適当に組み合わせたもので、とても人の棲家とは思えないものだった。
「ひと気もありませんね」
「疫病でも流行ったのだろう」
 その言葉に、カインは思わず息を止めた。首だけで振り返ったゴルベーザは、カインの様子を見て、いまさらだろう、と低い声で笑った。
 ふと視線を感じ振り返ると、家の入口らしきところに掛かる布がパタパタと揺れていた。よく見れば、他の家にも、布の隙間からこちらをじっと窺っている人影を確認できた。じろじろと見られることには慣れているカインだったが、ここのそれは比類なく不快だった。
「ゴルベーザ様、ここはどういうところですか」
 カインは前を歩く主に問いかけた。
「流れ者、犯罪者、異端者、売春婦……」
「ゴルベーザ様?」
「片端者、孤児、病人、世捨人……掃き溜めだ」
 抑揚もなく淡々と、ゴルベーザは答えた。
「……こんなところが。ここはどこなんですか」
「世界の果て、忘れられた場所だ。名まえなどもちろんない」
「……」
 粗末な建物の脇から突然、片足の物乞いが腕を伸ばしてきた。カインは仰け反ってその男に触れることを避けたが、ゴルベーザは、放っておけ、と何も動じず歩みを進めた。カインも、彼が放つ悪臭に鼻を押さえながら、頼るものがなく転倒してしまったその男を飛び越え、ゴルベーザのそばに降り立ち、隣に並んだ。気にかかって後ろを振り返ると、どこから出てきたのか、ボロを纏った人々が倒れた男を取り囲み、祈りとはかけ離れた呪詛の言葉を彼に投げかけていた。
 耳を澄ますと、わけのわからない叫び声や慟哭の声が家の中から聞こえてくる。布を張る杭の先に、髑髏が無造作に飾られた家もあった。
 何もかもが不気味で不快で、一刻も早く立ち去りたかったが、何故主がこのようなところへ立ち寄ったのかも気にかかった。
「どうしてこんなところに寄られたのですか」
 ゴルベーザは真っ直ぐ前を向いたまま、カインの問いに答えた。
「故郷みたいなものだ」
 主の告白にカインは吃驚し、返す言葉も無かった。
「ろくでもないところだが、来るもの拒まずなので、人が絶えることはない」
「作物が獲れるようにも見えませんが……」
「篤志家たちが自己満足のために訪れては、絶望して帰って行ったものだ」
 ふん、と彼は鼻で笑った。
「見てみろ」
 ゴルベーザは右斜め前方を指差した。先ほどまで頭上を飛び回っていたカラスたちが、凄まじい勢いで急降下し、地表に群れていた。その数、何十羽どころではない。
「あそこには死体を投げ入れる大穴がある。いまは『入荷したて』というところか」
 彼は喉の奥でくぐもった笑いを漏らした。
 凄惨な場面は戦場で慣れているはずのカインだったが、この場所を覆う重苦しく陰鬱な空気と人々が纏う絶望に、息をすることさえ苦しくて胸を押さえた。
 こんなところから這い上がっていった主の強い意志と努力に敬服すると同時に、こんなところに長くいれば、世を恨み人を憎み我が身を恨んで心まで荒んでしまいそうだ、と思いカインは身震いした。
「いまもたいして変わらんがな」
 ゴルベーザがぽつりと呟いた。自分の考えをまた読まれたことにぎょっとしたカインだったが、それ以上に、「いまも」という主の言葉が胸をえぐった。クリスタルへの執着とそれを奪うためなら手段を選ばない冷徹さ。彼はいまも世を恨み、人を憎み、我が身を恨んでいるのか。なのに何故、自分にあれほどやさしくできるのだろうか。

 ゴルベーザはすっとカインに背中を向け方向を変え、すたすたと歩き出した。カインも慌てて主の後を追う。彼は突然、枯井戸の前で立ち止まり屈み込んだ。声を掛けられず、少し距離を置いて主の後姿をじっと見つめていたカインに、立ち上がったゴルベーザがゆっくりと近づいてきた。
「だが、こういうこともある」
 こんなところでもな、と彼は言い足して、カインに手折られた一輪の白い花を差し出した。大きな掌の中で、名も知らぬ小さな花が、吹きすさぶ風の中、白い花弁を揺らしている。カインは花を受け取ると、そっと顔を近づけた。ほのかな香りは清楚な姿にふさわしく、花というものにそれほど興味の無いカインだったが、一瞬にして心が安らぎ、自然と口許が緩んだ。
 誰に知られることなくひっそりと咲いていたこの花は、誰かの心を癒したのだろうか。乾いた大地に根を張って、誰に見初められることもなくその生をまっとうするはずだったのに、彼に手折られたことも、この花の運命なのだろうか。
 ゴルベーザはカインの頬にすっと手を伸ばし、軽く顎をしゃくった。
「それはおまえだ。そういうことだ」
 彼の言葉にカインは小首を傾げたが、すぐに目を見張った後、こぼれんばかりの笑みを浮かべた。
 何か気の利いた言葉を返したかったけれど、舌は小さく開けた口の中でもごもごと動くだけで、何一つ浮かんでこなかった。焦れたカインは唇を緩く噛んで、小さな花に視線を落とした。

 絶望の地で彼に手折られたこの白い花のように、暗闇で足掻く自分を彼は見つけてくれた。暗黒の深淵を覗いてきた彼にとって、自分は癒しの存在なのだ。
 暗闇の中、探し求めていたのは自分だけではなかった。出会うべくして出会った思うのは、思い上がりだろうか。
 カインは顔を上げ、黒い兜の向こうから自分を見つめているはずの双眸を、じっと見つめた。

 彼がどうしてここに立ち寄ったのかはわからない。ただの気まぐれか、まさかの郷愁か、凱旋のつもりか。理由はどうであろうと、カインは、この地のことを決して忘れないでいようと、辺りをぐるりと見渡し、憂鬱な景色を目に焼き付けた。
「戻るか」
「はい」
 ゴルベーザはカインの左肩に腕を回し引き寄せた。カインが、強風から守るため、左手に持った花に右手を覆い被せると、ゴルベーザもさらに、カインの右手ごと覆うように自分の右手を花に覆い被せた。それがたまらなくうれしくて、カインはゴルベーザにもたれるように身体を寄せた。歩きにくいぞ、と文句をつける声にも笑いが含まれていて、カインは、こらえきれない笑みに頬がだらしなく緩むのを見られないように、少し俯いてさらに身体を押し付け、いままで以上の献身を心の中で誓った。







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空条さんからのリクエスト
「・一輪の花  ・ゴル様からカインに」でした。
「どんな作風でも」とお任せいただきましたので、DS設定のこんな感じになりました。いかがでしょうかー(ドキドキ)
難しかったのですが、ひらめいてからはズンズン、とーっても楽しかったです。ありがとうございました。








2008/07/13
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