銀の鎖

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 ……い……ン
 …………い……イン


 名を呼ばれた気がして、カインははっと目を開けた。
 夢か……
 再び目を閉じ夢の残滓を掴もうと意識を集中させたが、手中に納まりかけたそれは、砂のようにするすると指の間をすり抜けていった。
 何か大事なことを忘れている。もう思い出すこともできない夢のことを考えると、額の奥が痛み、咥内は酸の味がして、不快なことこの上なかった。
 口をすすぎ汗に濡れた身体を拭こうとベッドから起き上がったとき、ふと身体の違和感に気づいた。皮膚が内側から粟立ち、血液が下半身の一箇所に集まっていく。これまで数え切れないほど憶えてきた感覚だ。いまはまだむず痒い程度だが、ほんの少しの刺激で、欲望が明確に現れることはわかっていた。服の上からそっと触れてみる。予想に反して勃ち上がりかけていたそれにカインは戸惑った。ちくしょう、と自分を罵ってみたけれど、身体は正直で、指は快感を求めて形をなぞる。こんな暑い夜に寒気がして身体が小さく震えた。
 再びベッドに横になり、目を閉じて慣れた手つきで左手を動かす。脳裏に思い浮かんだものは、きわどい衣装で腰を振る踊り子でも、豊満な身体で姿(しな)を作る娼婦でもなかった。

 呻き声にカインは息を詰め、手の動きを止めた。隣のベッドで眠るセシルが寝返りを打ったときに放った声のようだ。薄闇の中セシルのベッドを一瞥し、足音を忍ばせ近づいた。
 日頃の疲れもあるのだろう、セシルはぐっすりと眠っていた。やわらかな銀の髪がシーツに広がっている。明朝になればまた、膨らみすぎた髪にぶつぶつ文句を言いながら鏡の前で悪戦苦闘するのだろう、とカインは頬を緩めた。
 ベッドの脇で跪き、セシルの左胸に耳を寄せる。心臓が規則的に脈打つ温かな身体。微かな汗の匂い。かっと頬が火照り鼓動が一拍大きく跳ねたような感覚に、カインはうろたえた。
 おかしい。今夜の自分はどうもおかしい。こんなことで身体が熱くなるなんて。
 顔を上げ、セシルの胸へ手を伸ばそうとしたところで、ぐっすりと眠っているはずの彼に腕を掴まれ、カインは飛び上がらんばかりに吃驚した。
 腕を掴んだセシルの力は思いのほか強く、カインは反射的に身を強張らせた。カインの様子にセシルが微笑んで小首を傾げる。
「どうしたんだ」
「……別に」
 カインは戸惑い俯いた。純粋でお人好しで頑固で、誰にでも好かれるやさしい幼馴染。バロンでは両雄並び立つと評され、切磋琢磨し競ってきた。配属や役職は違ってしまったが、彼に劣っていると思ったことは一度もない。だが、いまカインはセシルに言いようの無い怖れを感じていた。パラディンという唯一無二の騎士となった故か。
 自分のものより少し薄い青い眸がじっと見つめてくる。欲望を見透かされそうな気がしてカインは顔を背けた。
 力の強さだけでない。何かが自分を怯えさせる。セシルの内に秘められた何か。正体のわからないそれを認めることなどできない。カインは苛立ち、震える唇をぎゅっと噛み締めた。
「離せ」
 感情を込めず言い放ったカインにセシルは首を横に振り、掴んでいたカインの腕をぐいと己のほうへ引き寄せた。床に膝立ちのままセシルの胸に覆いかぶさる形で抱き締められ、カインは身を捩ったが、長い髪をやさしく撫でれられ、その心地よさに、おとなしく力を抜きセシルの胸に頭を預けた。
「眠れないのか」
「……いや」
「また悪い夢でも見たのか」
「……たぶん。憶えていないが」
 セシルは嘆息し、身体をベッドの端までずらしカインのために場所を空けた。カインもセシルに気づかれぬよう小さなため息をつく。彼の手が離れたことに、ひどく不安を憶える自分はおかしい。
「どうしていつもみたいにさっさと潜り込んで来ないんだ」
「……」
「カイン? 変だぞ」
 髪を撫でる手つきは小さな子どもをあやすときのそれと同じで、笑いを含んだセシルの声もやさしく穏やかだった。そのやさしい仕種に欲望を喚起される自分がおかしいのだ。
 どんなに隠しても彼にはわかってしまうだろう。カインは大きな息を吐いて意を決した。
「おまえは何もするな。じっとしていてくれ」


 軽く唇を寄せただけで若さをみなぎらせるセシル自身に、カインはふっと息を漏らした。片手を軽く添え、音を立てて吸い込み、充分な硬さになるまで、たっぷりと濡らす。そこが気持ちいいことを自分もよく知っているから、咳き込みそうになるのをぐっと堪え、喉の奥まで咥えこみ、頭を大きく振る。
 カインの唐突な行動に戸惑いを見せていたセシルも、金の髪を撫でながら、口淫がもたらす刺激に低い喘ぎを漏らす。カインもそれに気を良くして手早く下衣を脱ぎ、唇を離し、セシルの腰に跨った。
「カイン? 無理だ、やめろ」
 無茶な行為を押し止めようと身体を起こしたセシルの肩を押し返す。
「じっとしてろ、って言っただろ」
「無茶だ。何の……準備もしていないのに」
 俺はそんなやわじゃない、と首を頑なに横に振り、カインは己の後ろへセシルものを充てがったが、この行為に慣れている身体でも解れていないそこに若い滾りは受け入れ難く、カインは眉根を寄せ唇を噛み締め、苦悶の表情をセシルに見られないように長い髪を垂らし俯いた。ここで快楽を得るために普段いかにセシルが心を尽くしてくれているかがよくわかる。だが、彼の手を煩わせることなく熱い滾りで身体を満たすためには、愚挙とも取れるこのやり方しか思いつかなかった。長い息を吐きながらカインはそのままゆっくりと腰を落としていった。
 能動的に振舞うことでセシルに対して抱いた怖れを打ち消すつもりだったが、そこはずきずきと痛むばかりで悦楽には程遠い。カインは忌々しげに舌打ちをし、痛みをやり過ごすために自分のものを握り擦り上げ始めた。
 ふと頬に温もりを感じ伏せていた瞼を上げた。いつのまにか身体を起こしていたセシルの掌に頬を包まれていて、カインは俯いたまま上目遣いで彼に視線を合わせた。
「バカだな」
「……じっとして――」
 抗議の言葉が唇で塞がれる。そのまま身体を彼に覆い被さるように引き倒され、強く抱き締められる。かろうじて繋がっていた身体が離れたとき、名残惜しむ声が漏れてしまい、それをごまかすように、カインは自らセシルの舌に吸い付いた。
 呼吸を奪い合うような荒々しい口付けの後、唇を離したセシルは、カインの顎の先、鼻、額と順に軽くキスをして、宥めるように背中を軽く叩いた。
「僕に気を遣うなよ」
「……気を遣ってるのはおまえだろ」
「『気を遣う』っていうのは違う。何て言うんだろう……」
 微かに眉を寄せ、怒るなよ、と前置きしてセシルは口を開いた。
「おまえは……少し変わった。どこが、というんじゃなく印象が変わった。僕はそれが何なのかずっと考えていた。それが『気を遣う』に見えたのかもしれない」
「……考えて、わかったのか」
 いや、とセシルは首を横に振った。
「別にわからなくてもいいんだ。おまえはおまえだし」
「……」
 セシルの顔をじっと見下ろす。目が合うと彼は、にやりと口の端を上げて笑った。
 カインの背中に回されていたセシルの手が、尻の丸みを撫でその奥まで伸びる。後ろの窄まりに指を少し押し込まれると、カインは短い声を上げ身体を捩った。耳許で名を呼ばれ耳介の溝に舌を這わされる。カインは観念し下唇をぎゅっと噛み締めて、鼻から静かに息を吐き身体の力を抜いた。
 身体の内側から掻き回されるような指の動きに合わせ、自然と腰が浮く。呼吸は速く短くなる。セシルの肩口に唇を押し付け彼の服を噛み、堪えきれない喘ぎを押し殺す。
「声、出していいよ。出せよ。あっちまでは聞こえない」 
 カインは、ふ、と鼻の先で笑い、セシルの胸に額を押しつけて、ふるふると左右に振った。
「ありのままのおまえが見たい。知りたい。これって、それにはぴったりだろ?」
 見せない、と応えようとしたが中に挿し入れられた指が増やされ、ある一点をぐりぐりと押しさすられ、彼をからかう余裕もなくなり、カインは努めて息を深く吸い込んだ。
「もう……もう、いい。早く……」
「早く何」
 カインは目許まで紅く染め、意地悪く微笑むセシルを恨めしそうに睨んで、消え入りそうな声で呟く。
「……早く……欲しい」
 カインの訴えにセシルは満足げに頷いて濡れた指を引き抜いた。カインの身体が小さく震え、掠れた喘ぎを漏らす。セシルは腰を浮かせ、腿を撫でながら逞しく屹立したそれをカインにあてがった。
「これ? ちゃんと言ってみろよ」
 目を伏せ首を横に振ったカインに、終始笑顔だったセシルが口をわずかに尖らせ訝るような表情を見せた。カインは何度も舌で唇を湿らせ、せつなそうな吐息を漏らす。
「おまえ……おまえが欲しい……」
「……ああ。そう言われるほうがいいな」
 自分より少し色の薄い青い眸が細められ、じっと見つめてくる。さらに紅くなった顔を見られないように俯いて、照れ隠しで、早くしろ、とセシルの腰を軽く叩いた。

 再び身体を起こしセシルの腹に両の掌を置き、カインは長い息を吐いた。
 セシルが中に入ってくる。決して傷つけないように、ゆっくりと窺うように奥深くまで入ってくる。すべてを収めるとカインは静かに息を吐いて、欲望のままに腰を上下に動かし始めた。
「もっと動け。そう、もっとだ……」
 カインの腰を両手で支え自分も突き上げながらセシルが煽ってくる。痛みと快感はいつも背中合わせで、螺旋のように交互に現れ、絡み合い、やがて放っても放っても沸き上がる熱に翻弄され我を失う。そうなってしまう前にと、カインは声を絞り出した。
「すまない……」
「何故謝るんだ。気持ちいいだろ?」
「……いい。すごくいい」
 カインは子どものように何度も頷いた。
「僕もだ。すごくいい。だから一緒だ。謝るな」
 セシルはカインの頬を撫で、指を絡めて手を握り、いっそう激しく突き上げた。
 このまま昇りつめてしまうのが惜しい気がして、なにより息が心臓が苦しくて、カインは握っていた手を離しセシルの顔の横で両手をつき前屈みになり、腰の動きをより緩慢なものに転じた。突き上げられる衝撃を堪え、時折目を固く閉じながら詰めていた息を、はあ、と吐き出し、心のままに口を開いた。
「セシル……」
「ん?」
 彼の睫毛にそっと唇を落とし、額と額を合わせる。
「俺を……離すなよ」
「……ああ。離れるなよ」
 やさしい幼馴染は、唇に触れるだけの、かすめるような口付けを寄越した。厳かな誓いのようなキスが堪らなく熱く感じられ、胸を締め付けられるように苦しくてカインは、すまない、と呟いた。
「謝るなって言っただろ」
 慈愛に満ちた眼差しが、頬を撫でてくる掌の温もりが、胸を締め付ける。顔を少し動かしセシルの掌に軽く口付け彼の指を緩く噛む。何故、何に対して謝っているのか自分でもわからないまま、胸の中で「すまない」と繰り返し、カインは再びゆっくりと動き始めた。






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茶蕎麦さんからのリクエスト
「かっこいいセシル×そんなセシルにメロメロなツンデレカイン、ラブラブいちゃいちゃな感じで、できたら成人向けで!」でした。

「ラブラブいちゃいちゃ」より「成人向け」に比重が傾いてしまったような気がします(汗)
遅くなってしまい申し訳ありません。ありがとうございました。








2009/04/05
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