デラシネ

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 瓦礫の下から拾い上げたのは、単なる気まぐれだった。
 後にそれがバロンにその名轟く竜騎士であること、遁走中の暗黒騎士の刎頚の友であることを聞かされ、感興が湧いた。
 使えるかもしれん。
 そう判断し外傷の治療を配下の科学者に任せ、意識の戻らぬままそれの母国へと連れ帰った。
 件の暗黒騎士を抹殺する駒にすべくいつものように洗脳の術を施したが、何が邪魔をするというのか、一向に術にかからない。高潔と名高い聖職者や忠義を尽くす騎士など、稀にこういう者が存在するが、これもその類だろう。拷問に耐える訓練も受けているらしく、どんなに鞭打とうが、屈するどころか憎悪を滾らせた視線を遣してくる。もっとも、後の使い道のことを考えると不具にするわけにもいかず、部下たちが拷問に手心を加えてしまうことは否めないが。
 常ならここまで手を尽くしても陥落しない者は、時間の無駄とばかりに始末するのだが、何故かその気にはならず、やがて効かぬ術を施すことにも飽き、さらに拘束を強めることだけを指示して、黒い甲冑の男ゴルベーザは牢を後にし、それきり男のことは忘れてしまった。


 提出された報告書に目を通していると、傍らで報告主である部下の一人が、げっそりと陰鬱そうな顔で補足説明を始めた。
 彼の悲惨な表情を訝ると、視線に気づいた部下は、申し訳ありません、と頭を下げた。
「あんな手強い奴は初めてでして……恥ずかしながら、こちらが参っています。皆」
 そういえばこの男に、あの拾い物の監視を任せていたのだったな。
 顎をしゃくると、彼は、報告外のその話を続けた。
「一日一回の食事も拒否するようになりました。死なせるな、とのことでしたので栄養剤を打っております。目隠しと口枷をかませ、仰せのとおり、局部を切り取った拘束衣を着せていますが、これが……その、あれの始末がなかなかたいへんでして」
 心底うんざりとした部下の様子に、ゴルベーザは低い声で笑った。職務とはいえ、兵士でありながら下の後始末をさせられるのは、たまったものではないだろう。怒りと苛立ちで、私刑に等しい暴行が加えられていることは想像に易い。
「あれの服には、おまえたちの靴底の痕が、さぞかし多くついていることだろうな」
 部下の男は恐縮し、さらに頭を下げた。
 それにしても、人間の尊厳を剥ぎ取られてでさえ屈服しない男に軽く敬服すると同時に、それを支える強靭な精神の正体を知りたくて、ゴルベーザは部下に命じた。
「あれの身体を隅々まで清拭し、部屋を移しておけ」
 はは、とさらに頭を下げて、部下の男が部屋を出て行ったのち、ゴルベーザは、拾い上げた竜騎士カイン・ハイウィンドについての資料を手に取った。


 部下に目隠しと口枷を外させ、力なく項垂れた男の顎を掴み顔を上げさせる。
「私を憶えているか。カインと言ったな」
 精気を失い色つやを失った肌はただ青白く、唇は渇き、頬もこけ白目は血走っているというのに、青い眸は久方の光に一瞬眩しそうに細められただけで、すぐさま爛々とゴルベーザを睨みつける。
 むやみやたらに術をかけたところでこれでは効かぬだろう。少しやり方を変えることにする。
「ここまで耐えた奴は初めてだ。褒めてやろう。ますます私の配下に相応し――」
 ゴルベーザが言い終わらぬうちに、カインは漆黒の兜に唾を吐きかけた。背後に控えていた部下たちが色をなし前へ出ようとしたのを、腕を伸ばし制する。
「それだけ元気が残っていれば、話は早い」
 ゴルベーザが伸ばした腕の掌を上に向けると、部下の一人がそこに数枚の紙を手渡した。ゴルベーザは紙に目を通し、よく通る低い声で淡々とそれを読み上げた。
「セシル・ハーヴィ」
 暗黒騎士の名を口にすると、カインの頬がぴくりと引き攣った。
 思ったとおりだ。ゴルベーザは漆黒の兜の下でほくそ笑む。
「『バロン王の庇護の下に育ち、唯一無二の暗黒騎士となる。竜騎士カイン・ハイウィンドは刎頚の友。国家反逆罪に問われるも、目下逃走中』」
 カインの青い目が見開かれる。
「……ち、ちが……」
「『ローザ・ファレル。国内随一の白魔道士。恋い慕うセシル・ハーヴィを追い出奔、後に同と合流したことが判明。同罪に問われるのも時間の問題である』」
「……ローザも……」
「取引だ、カイン。奴らが捕まるのは時間の問題、そうなれば反逆罪で斬首は免れない。だが、おまえがおとなしく配下になると言うのなら、二人は無罪放免、見逃してやろう。どこで野垂れ死にしようと自由だ。二人の命運はおまえ次第。さあ、どうする」
 ゴルベーザの問いかけに、カインは不敵な面構えを遣して笑い、肩で息をして、掠れた声を搾り出した。
「……それで捕まって命を落とすのなら、あいつもそこまでの男に過ぎないということ。俺が命乞いしてやるまでもない」
 予想外の返答にゴルベーザは眉を顰めた。
「女はいいのか」
「……恋しいセシルと一緒なんだ。あいつも本望だろう」
「首を刎ねるだけでない。衆人の前で辱められ、指を一本ずつ切り落とし、果ては、芋虫のように這いずり回るのを目の前で見せられても、おまえは笑っていられるかな」
「……ああ、笑ってやるよ。その頃には……俺は、とっくに狂ってる」
 口の端をわずかに上げて笑うカインの顔には諦念も絶望の色も浮かんでおらず、ゴルベーザはその表情に血湧き肉躍るような昂奮を憶えた。
「気に入った」
 再び彼の顎を掴み顔を向けさせる。邪眼を利かせ青い眸を、そのさらに奥を覗き込み、対象の精神が具象化された世界に入り込んだ。


 ゴルベーザが驚いたことに、カインの世界は、仰ぎ見る天も踏み締める大地もない濃い紫の闇だった。根無し草ならともかく、騎士にしては珍しい。王に忠義を尽くす上での抵抗ではなかったのか。
 天も地も東も西もない道無き道をゴルベーザは進んだ。身に纏わりつく闇。これは絶望の闇ではない。それはゴルベーザ自身がよく見知った闇だったが、いまはそれを気にかけるときではない。
 少し進むと、闇の中に扉が浮かんで見えてきた。これだ。これがなかなか開かぬ故、わざわざここまで来る羽目になったのだ。何の変哲もない木製の扉に歩み寄り触れる。試しに念じてみたがびくともしない。忌々しげに扉を睨むと、そこにあるはずの取っ手が無いことに気づいた。それはゴルベーザにとって初めてのことで、困惑すると同時にむくむくと好奇心が湧いてきた。取っ手の無い扉をどうやって開けるか。扉の前で腕を組みゴルベーザは、問答に答える師のように、黒い兜の下で眉を寄せた。
 呼吸が荒くなってくる。他人の精神世界に長く居ることは多大な疲労を伴い、最悪の場合、自分の身体に戻ることができず永遠に彷徨うことになる。頃合か。ゴルベーザは腕組みを解き、再び意識を集中させた。


 肉体のある世界に戻り我に返ると、目の前の男は失神していた。意に沿わぬ彼に対する苛立ちは徐々に好奇心へと成り代わり、ゴルベーザは冷静さを取り戻すために大きく息を吸い込みゆっくりと吐き出した。
 合図を送ると、部下の男たちが無様に横たわるカインに水を浴びせかけた。鼻から水を吸い気道を詰まらせ咳とくしゃみを繰り返した挙句、カインは床に血反吐をぶちまけた。ゴルベーザは眉を顰めつつ、カインの上半身を起こし、血で汚れた唇を革手袋を着けたままの指で拭ってやった。ふと興が湧き、指をそのまま咥内へ突っ込む。何をされているのか理解できなかったのだろう。おとなしかったのは最初だけで、思ったとおり、歯を立て噛み付こうとしてきたので指を引き抜き、くぐもった笑いを漏らしながら濡れた指で彼の頬を張った。
「なるほど、おまえが不撓不屈の男だということはよくわかった。だが、そんな奴ほど――」
 ゴルベーザは、ふっと鼻先で笑い、カインの性器に手を伸ばした。
「ひた隠しにした己の欲望、快楽には弱いものよ」
 萎えたそれを握り巧みに扱き上げる。後手に拘束され衰弱しきったカインに抵抗する術はない。顔を背け、血が滲むほど唇を噛み締めて首を横に振り、喘ぎ一つ漏らさない。中断を求める声を上げても何の功も奏さないことを悟っているのだ。
 青白い頬に血の色が戻ってくる。若い身体は必死の抵抗とは裏腹に、あっさりと己を裏切って素直な反応を返す。さぞかし恨めしく思っていることだろう。それともそんな余裕は無いか。
「……当たり前だろ」
 不意に見透かすような言葉を返され、ゴルベーザは虚を衝かれた。
「男なんだ。扱かれて勃つのは当たり前だ。恥でも何でもない」
「……負けず嫌いだな」
 喘ぎを飲み込んだカインの喉が大きく上下する。その白い喉笛を見ていると、今更ながら、そこに歯を立て喰らいつきたいという凶暴な気分を掻き立てられる。
「張り形を」
 ゴルベーザの声に、部下の男たちは、簡素な机の上に並べられた責め具の中から、陰茎を模った性具を選び出し、道具にたっぷりと怪しげな液体を垂らし掛け、それをゴルベーザに手渡した。
「それほど負けず嫌いなら、身体の中がどれほど鍛えられているか見せてもらおうか」
 ゴルベーザは性具をカインの後の窄まりに押し当て、無理な侵入を阻もうとする肉の抵抗も物ともせず、なんの慈悲も無く、それをぎりぎりと押し込んだ。
「ぐっ……あ……」
 荒い息に痛みを耐える声が混じる。捻りを加えながら性具を抜き差しするたびカインの身体が大きく仰け反り、鮮血が石の床に滴り落ちる。
「傷など、薬や魔法で治る。だが――」
 カインの中へ深々と挿入された性具から手を離し、ゴルベーザは黒い甲冑の下腹部の留め金を外し自分の性器を取り出した。再び性具に手をかけ、血に濡れた張り形をずるりと引き出す。カインの両腿を抱え上げ充分に勃ち上がったものを押し当て、一気に貫いた。
「うっ……ああ……!」 
「おまえのどす黒い精神のほうがよほど深刻だ」
 直前に拡げただけでは充分といえず、狭隘なそこを裂き穿ちながら、己の猛りが絞り千切られるような痛みにゴルベーザは眉をしかめた。
「どうやらこっちは怠けていたようだな。そんな顔をしていて」
 汗と涙に塗れ、歯を食いしばり眉根をきつく寄せ苦悶に耐える表情は、却って陵辱者の嗜虐心を煽るのだと当人は知る由もない。
「力を抜け、と言っても無駄か」
 ゴルベーザは低い声で笑いながらカインの膝を床に押し付け、さらに奥深くまで抉った。
 カインがほとんど聞き取れないような掠れた声を上げる。
「……こ……殺せ……」
「殺して欲しいか。おまえが私のものになったら、考えてやろう」
 歯を立てる代わりに片手で白い喉を掴み、押し込む真似をする。声とも息とも取れない呻きを漏らし、漆黒の兜を射抜かんばかりにねめつけていた青い眸が次第に瞼の裏へと隠れていく。ゴルベーザは手を離し、両手で細い腰を掴み、激しく咳き込む彼の身体を持ち上げんばかりに引き寄せてさらに動きを早めた。
「……ん……か……ん」
 ゴルベーザは身体を前に倒し、彼の唇に耳を寄せた。
「ぐっ……ん……さん……」
 何かを呟いて気を失ったカインの中に吐精し、ゴルベーザは彼から離れ立ち上がった。甲冑を元通りに身づくろいをし、後は好きにしろ、と部下たちに言い残し、肩で大きく息をしてゴルベーザは部屋を後にした。


 あれ以来あの男のことばかり考えている自分を自嘲してゴルベーザは唇を歪め、机の上に並んだ三つの資料を順に眺めた。
 竜騎士、暗黒騎士、白魔道士の三人は幼馴染と記してある。ゴルベーザは鼻で笑った。馬鹿な。幼いころならともかく、彼らの歳になって男女の友情などあるものか。現に白魔道士の資料には「恋い慕うセシル」とあるではないか。
 ゴルベーザはそこでようやくカインの忍ぶ恋に気づき、自分の察しの悪さに苦笑いを浮かべた。それは、その生い立ち故、男女の機微に聡いとは言えない自分の盲点だった。暗黒騎士とその女に抱いているものは友情だけでなく憎しみ。そうだ、あの紫は憎しみの闇だ。
 彼が気を失う寸前に口にした言葉を思い出し、ゴルベーザはカインに関する資料に再び目を落とし、当該の記述を探した。
 やはりそうか。
 ゴルベーザが目に留めたのはカインの両親に関する記録だった。「父さん、母さん」と微かに聞こえたそれは彼の渇望、無償の愛を与えてくれた者たち。暗黒騎士に抱いているのは、憎しみだけでない愛憎。得られない愛を求める、美しくも孤独な魂。
 ゴルベーザは鼻先で笑った。
 くだらん……
 拷問や洗脳にも屈しない強靭な精神は、亡き父母からの無償の愛に支えられていたというならば、それを覆すのもまた愛なのではないか。甘い記憶に浸り思い出に縋る愛などではなく、心も身体も蕩けるような性愛と献身の幸甚を与えてやれば、あの扉は開くのではないか。

 おもしろい……やってみる価値はある。それに相応しい男だ。まやかしでもかりそめでも構わない。たんと愛してやろう。私のやり方で。愛が憎しみに変わるなら、憎しみが愛に変わることもあるだろう。
 早速部下を呼びつけようとしたが、これはすべて自分の手で行うべきだと思いとどまり、黒いマントを翻し自室を出た。


 皆が寝静まった深夜、見張りの男に術をかけ昏倒させ、牢の扉を開く。
「役に立ってもらうぞ、カイン。私がこれほどまで手をかけるのだからな」 
 暗闇の中、掌の上で浮かぶ小さな炎に照らされ、死んでいるかのように意識を失ったまま横たわるカインを見下ろし、ゴルベーザは漆黒の兜の下でほくそ笑んだ。






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飛槍瑠火さんからのリクエスト
「出逢った当初、謂わば『初対面』時に使えそうだと判断されゴルベーザがカインにマインドコントロールを施そうとするも、当の本人は其の術や魔人を全面拒否。魔人は其の精神を面白がり無理矢理(力尽く)魅入らせようと……平たく申し上げれば、鬼畜裏でお願いします」でした。

続けると鬼畜ではなくなるためここまで。書くのは初めてで、鬼畜好きの人には物足りなく、苦手な人には痛々しく、中途半端になってしまいました(汗)
いつもと違うものが書けてよい経験になりました。ありがとうございました。








2009/04/13
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