三人の部屋

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続編

 慌しく出て行ったエッジの背中を見送りながら、やれやれ、と肩をすくめたセシルは、次にロッカーの上にしゃがみ込んでいるカインの方を見上げた。
「で、おまえはどうなんだ」
 片膝を抱えて小さくなっていたカインは顔を上げ、何が、と声に出さず口を開いたが、セシルは、聞こえないそれをちゃんと理解し、小さなため息をついた。
「おまえの傷の具合だよ」
 カインはロッカーから飛び降り、音もなく着地した。細身だが長身の彼がいつもこうして静かに、例えば、虫の鳴く草地に降り立ったとしても、虫たちは何事なかったように鳴き続けるのではないかと思うほど静かに着地することに、その訓練された技術に、セシルはいつも感服していた。
 どいつもこいつも、と呟きながらカインは破れた服を押さえた。
「カイン」
「たいしたことない」
「ケアルくらいならまだかけられるから……」
「寝れば治る」
「カイン……」
 セシルは深いため息をついた。 
「どうしていつもそうなんだ。どうして自分の身体をもっと……」
 ぷいと背中を向けてしまったカインの様子に、これ以上言えば彼の嫌いな説教になってしまう、とセシルは口を噤んだ。
 大丈夫か、と訊かれると、いつも、たいしたことない、と答える。それは皆同じだった。自分もエッジも、シドもヤンも、女であるローザやリディアとてそう答える。なのにカインにそう返されることは殊の外こたえる。
 打ち解けたかと思えば壁を作る。自分を完全に受け入れてはくれない。時間がかかることはわかっていたけれど、それでもセシルは、自分がカインのいまの拠り所になっていると自負していたので、あまり考え込まないように、自然に振舞うことを心がけた。
「おまえはどうなんだ」
 背中を向けたままの彼の問いかけが自分の傷のことを尋ねているとわかったけれど、それが自分の言葉を模したものだと気づいて、セシルは反射的に、たいしたことない、と答えそうになったのを押しとどめ、すうと息を吸い込んだ。
「すごく痛かった。出血したところが火傷したみたいに熱くて。でも、ローザの魔法と薬のおかげで傷はふさがったし、いまは痛みもそれほどじゃない。血を失ったせいで少しふらふらするけれど、一晩休めば体力も回復して元通りになると思う」
 思いもよらないセシルの冗長な返答に、カインは驚き振り返った。
 セシルは彼と視線を合わせ、にこりと微笑み、言い足した。
「ひと言で言えば、たいしたことない」
 セシルの言葉に唇をほんの少し上げただけの笑みを浮かべたカインに、再び同じ言葉で問うた。
「おまえはどうなんだ」
 今度はカインが息を吸い込んだ。
「油断したわけじゃなかったが、着地したときに切られた。相手の踏み込みが足りなかったから、深い傷じゃないし、もうほとんどふさがっている。疑うんなら、見てみるか」
「ああ」
「疑ってるのか」
 くっくっと喉の奥で笑いながらカインは、傷を押さえていた左手を外した。 
 セシルはカインの傍に寄り、彼の白い腹についた傷を見下ろした。
 わき腹から腹にかけて細く斜めにつけられた傷は浅く、彼の言うとおり、ほとんどは赤黒い瘡蓋になっていたが、まだ生々しくピンク色に光る肉を覗かせている部分もあった。この程度の傷なら痕を残さないだろう。セシルは安堵のため息をついた。
「エッジの方がひどそうだ」
「ああ。だから残りのポーションをやった。なのにあいつ、ぎゃーぎゃーとうるさいのなんの」
 さきほどまでのエッジとのやり取りを思い出しくつくつと笑うカインの腹の傷に、セシルはそっと右手を当てた。びくりとカインが身を強張らせる。
「冷たいか」
「血が足りてないんじゃあな」
「ちょうどいいじゃないか」
 外傷は患部を冷やすことが第一の応急処置であることを示して、セシルはさらに指を広げぴったりと手を当てた。
「その前に腹壊しちまう」
 カインの言葉に苦笑いを浮かべ、セシルは、自分の冷たい手がカインの熱を吸い取り次第に温かくなっていくことに、うれしいような申し訳ないような気持ちになり手を外そうとしたとき、カインは、一歩前に踏み出してセシルに顔を寄せ、セシルの耳許で少し掠れた熱っぽい声で囁いた。
「セシル」
「ん?」
「……傷を……舐めてくれないか」
 セシルの肩に顎を乗せて、カインはふうと息を吐き出した。彼の表情は見えなかったが、セシルはカインの願い出に、彼の頭を軽く撫でて無言で頷き、彼の足許に跪いた。破れた服に手をかけ腹の傷をさらに顕にすると、少し伸び上がって顔を寄せ、赤黒い傷に舌をつけた。
 カインの身体が小さく震え、息を呑む音がかすかに聞こえた。
 ざらざらとした感触を舌先に感じながら、舌を徐々に大きく動かす。まだふさぎきっていないところを舐めるのは少しためらわれたが、硬く尖らせた舌先でそっとくすぐると、カインはセシルの銀の髪をぎゅっと掴み天を仰いだ。
「沁みるか?」
 カインは首を何度も横に振った。
 カインがどうしてこれを望んだのかわからなかったけれど、彼の気の済むまでこうしてやろうとセシルは熱心に舌を動かし続けた。
 ちらりとカインの顔を仰ぎ見る。長い睫毛を震わせ眉根を寄せ、小さく開いた口から荒い息を漏らしているカインは、官能を享受しているように見える。この行為が彼の欲望を呼び起こすのだとしたら、彼の扇情的な表情はセシルの欲望を呼び起こす。
 自分の身体に情欲の火が点されたのを感じたセシルは顔を動かし、すぐそばにあるカインの膨らみに軽く歯を立てた。
「セシル!」
 カインは慌てて腰を引きセシルの頭を両手で掴み、押しとどめようとした。
「や、やめろ」
「こんなになってるのに?」
 セシルは意地悪く微笑んで、形を変えつつあるカインのものをやわらかく握りこんだ。カインの腰に腕を回し、がっちりと片手で抱き込み引き寄せる。
「だめだ……エッジが……」
「用が済んでも、少しでも長くリディアの傍に居たがると思わないか」
「……思う、が……」
「これ、破るぞ。いいか」
 うっすら紅く頬を染めて、カインは小さく頷いた。セシルの頭を掴んでいた両手は、既に力を抜き、添えられるだけになっている。
 セシルはカインの服の裂け目に手をかけ大きく縦に引き裂いた。ビリビリと繊維を裂く音がやけに長く響いて、セシルは少し愉快な気持ちになった。下着をずらし取り出したカインのものの先端に、チュと音を立ててキスをする。
「して欲しいか」
「……改めて訊くな」
「『強情なバカ』」
「どっちが……」
 ささやかな強がりさえ愛しくて、セシルは、自分の口で施す愛撫が彼を高みへ導くためだけでなく自分の悦びにするために、廊下の音に耳をそばだてながら、ゆっくりと口に含んでいった。










2008/06/15

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