拍手御礼

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28


・ゴルカイ同棲ネタ
・カインの盛大な勘違い


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 聞き慣れない言葉にカインは眉をしかめ、エッジの言葉を鸚鵡返しに口の中で呟いた。
「冥土……喫茶……」
「そそ、メイド喫茶。行ってみねーか?」
 そんなものが存在することすら知らなかったカインは、仄暗い店内で死神やゴブリンが給仕する様子を思い描き、さらに顔をしかめた。
「い、いや。遠慮する」
 奇をてらったつもりかもしれないが、誰が好き好んでそんなところへ行くんだ。
 カインはエッジに冷たい視線を寄越したが、当のエッジは気にかける様子もない。

「おまえが行かねーなら、ゴルベーザを誘うけど、いいか?」
「一人で行けよ」
「そ、それは……なんつーか、照れくさいじゃねえか」
「はあ?」
 カインは素っ頓狂な声を上げ、首を傾げた。
 早世した初恋の相手でもいるのか、それとも頭の上がらない師匠か、おむつを換えてもらっていた乳母か。いずれにしても、縁のある相手が天国ではなく冥土にいると思うなんて、見かけによらず悲観的な奴だ。それに、二人で行ったところでその照れくささは軽減されるものなのか。
 カインは眉を寄せたまま、エッジをじっと見つめた。

「なあ、いいだろ?」
 エッジが再び訴えてきたので、カインは頷いた。特に反対する理由もない。ゴルベーザならあの世に知己も多いだろうし、四天王との再会を喜ぶかもしれない。

「別に俺に伺いを立てなくてもいい。きっと喜ぶだろ」
「そらそうだろうよ。男なら」
「男なら?」
「巨乳のねーちゃんもいるしな」
「……」
 エッジがバルバリシアのことを言っているのだとしたらとんだ見当違いだ。年中裸同然だった彼女を目前にしても、ゴルベーザは何ら興味を引かれることはなかった。彼にとって魔物のそれは別なのだ。

「で、どうやって行くんだ、そこに」
「こっからなら、飛空艇ですぐだ。船でも行ける」
「……どこにあるんだ」
「ダムシアンだ」
「ダムシアン?」
「ああ。ギルバートが始めたんだよ、その店を」
「……」
 ダムシアンで異界に繋がる門か何かを開いたのだろうか。
 王子時代は政を嫌い吟遊詩人として各地を放浪していたギルバートは、国王に即位すると、商業国家の長たる手腕をいかんなく発揮し、セシルの援助もあり、ほんの短い期間で見事に国を立て直した。なるほど、商魂逞しい彼なら、死者の魂をレクイエムで鎮め、彼らを使って珍しい商売を始めることもできるだろう。冥土で暇を持て余していた彼らも新しい生き甲斐を与えられ、生き生きと過ごすことができるかもしれない。
 生き甲斐? 生き生き? 死んでいるのに生き甲斐はおかしいだろ。
 自分が用いた言葉に呆れて噴き出しそうになり、カインは口許を押さえた。

「『おかえりなさいませ、ご主人様』とか言ってくれるらしいぜ」
「……へえ……」
 四天王や部下たちはそんな呼び方をしていなかったが、エッジの言葉を訂正する必要もないと思い、カインは感心したふりをした。「いらっしゃいませ」ではなく、懐かしさのあまり生前のように「おかえりなさいませ」と出迎えることもあるかもしれない。

「ギルバートの話じゃあ、可愛い子がいっぱいいるってさ」
「……へえ……」
 趣味が広いのか見境がないのか、悲観的なのか楽観的なのか、どんなに可愛くても黄泉の客には違いないだろ、と言いたい気持ちを堪えて、カインは、鼻の下を伸ばしたエッジを冷ややかに見つめた。



「今日……」
「今日……」
 ゴルベーザとカインは同時に口を開いた。二人は顔を見合わせ、カインが「どうぞ」と身振りで先を譲る。

「今日、エブラーナの王に誘われ、今度ダムシアンへ出かけることにしたのだが――」
「俺もその話、しようとしてた。行って来れば?」
「いいのか」
「久々に会いたいだろ」
「……そういうわけではないが、まあ、何ごとも経験だ」
「好奇心旺盛だよな、そういうところは、ほんと」
「おまえは断ったそうだな」
「ん……ギルバートには悪いけど、胡散臭いし趣味が悪い」
「おまえ、変わっているな」
 ゴルベーザの言葉にカインは眉を顰めた。怖いもの見たさ――彼にはそれはないだろうが――や物珍しさでそんなところへ繰り出すほうがよほど変わっている。そんな商売を思いついたギルバートはもっと変わっている。そう口に出して言おうとしたが、ゴルベーザの口許が緩んでいることに気づき、カインは口を噤み、意地が悪そうに微笑んだ。
「うれしそうだな。楽しみ?」
 ゴルベーザは咳払いして、長い腕を伸ばしカインの肩を抱き寄せた。
「誤解されるのは忍びないので言っておくが、後学のために行くのであって、決して不埒――」
「何ごちゃごちゃ言ってるんだよ。楽しんでくればいいだろ」
 俺には理解できないけど、と付け足して、カインは肩を竦めた。

「会ったら、よろしくな。あ、会えるとは限らないか」
「……あ、ああ」
 眉をわずかに寄せて首を傾げるゴルベーザに「照れなくていいだろ」と軽く肘鉄を喰らわせ、夕食の準備をするために、カインはキッチンへ向かった。






 つづく










10/12/24〜11/2/20
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