拍手御礼

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26

 太い枝に背中を預けて寛いでいる竜騎士のところまであと数メートル。ラグは慎重に、ブリザラで作った橋を渡りながら、彼との距離を縮めていった。

「カイーン!」
「……」
「ねえ、カインってば!」
「……」
「ねー! ここなら誰もいないし、見せてよー!」
「……」
「ねえったら! 聞こえてんでしょ!」
「うるさいぞ。昼寝の邪魔するなら、あっちへ行け」
 シッシと野犬を追い払うように邪険に扱われ、ラグは頬を膨らませる。
 
「あー! さぼり! ゴルベーザ様に言いつけてやる!」
「言ってみろよ。言えるもんなら」
 もちろんゴルベーザに直接口を利けるはずなどないけれど、それを見透かし涼しい顔をして取り合わないカインに、ラグはますます頬を膨らませた。

「ちょっとぐらい、いいじゃん。ケチ、ケチ、ケチ、ケチ!」
「うるさいな。見てどうするんだ」
「自慢すんの。姉さんたちに」
「自慢?」
「『あたしは見たことあるもん!』って言えるじゃん」
 くだらない、とカインは嘆息して仰向き、また昼寝の体勢に入った。
 それでもラグは一歩も退かない。

「ねー」
「……」
「ゴルベーザ様に『兜を脱ぐな』って言われてるんでしょ?」
「……言われてない」
 え、とラグは驚きで目を見張った。
 姉たちの受け売りで、ラグは、カインが人前で兜を脱がないのは、美形だと評判の彼が素顔を晒すことで巻き起こる色恋沙汰やひいては刃傷沙汰を避けるため、主ゴルベーザが命じているからだとばかり思っていた。
 命令でないのだとしたら、勝手にゴルベーザに倣っているのだろうか。

「でも、ゴルベーザ様にしか見せないんでしょ?」
「そうでもない」
「え、うそっ」
「おまえのボスも見たことがあるらしい」
「バルバリシア様も? 『らしい』って何だよ」
「俺が気を失っていたとき、見たらしい」
 それは初耳だったが、どおりで、とラグは納得した。女主人はよく彼を「美人」とからかったり、「いい男」と褒めそやしたりしているが、それは、素顔を知っているからこそ言えることだったのだ。
 
「他は? 他には?」
「……ルビカンテも知ってる。ルゲイエ博士も知ってる」
「なーんだ。結構いるじゃん」
「だから自慢にならないぞ」
「んんーそっか……」
 とは言っても、カインが挙げた名は四天王やそれに次ぐ地位にある者で、自分クラスの者はいない。やはり諦めきれず、ラグは彼の肩を揺すった。

「ねえ。ねえ、カイン!」
「おまえ、いい加減にしろよ」
 彼の声に不機嫌の色が混じってもラグは動じない。
「自慢とか別にいいから、見せてよ。純粋に見たいからさー」
 カインは仰向いたまま、ラグに左の掌を差し出した。
「ん、何?」
「顔見せ料」
「えええ!」
 もちろん金銭を授受するつもりなどなく、冗談なのはわかっている。カインに対抗すべく頭を捻ったラグは、とっておきの一手を思いつき、にやりと笑った。胸を突き出し、自分の乳房が彼の掌に当たるように前のめりになり、両手を枝に突いた。
 突然の感触にカインは顔を向け、自分の掌に触れているものを見ると、慌てて身体を起こして手を引っ込め、声を荒げた。

「おまえ! 何考えてるんだ!」
 彼の慌てように胸のすく思いがする。
「膨らみかけのとっておきだよ! お釣り!」
「おまえ、ガキでも女だろ。恥じらいはないのか」
 信じられん、と左手を何度も振り下ろしながら嘆息するカインに、ラグは腕を組み鼻息を荒くした。
「何さ。それがあると強くなれんの?」
 カインは呆気に取られたように口を開けたが、やがて「関係ないだろ」と声を上げて笑い始めた。
「考えてみろ。それで強くなれるなら、おまえのボスはとっくに服を着てるだろう」
 言われた意味がすぐにはわからずラグは首を傾げたが、素気無かったカインが白い歯を見せていることに気を良くして、彼に合わせてけらけらと笑い声を上げた。

「わかったよ。事故に遭ったようなもんだが、対価は払おう」
「よっしゃ、やったー!」
「その代わり、見ても、声、出すなよ。でないと、脱がないぞ」
 変な約束だと思ったが、取りあえず彼の気が変わらないうちにとラグは、わかったわかった、と何度も頷いた。

 竜の兜が外され輝く金色の髪が零れ落ちる。長い前髪を後に払いながら顔を上げたカインに、ラグは驚きで目を見開いたまま、彼との約束を守ろうと、必死に両手で口を押さえ続けた。








10/10/21〜10/12/23
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