拍手御礼

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17

 配下の少女が憂鬱そうなため息をつくのを目にしたバルバリシアがメーガス三姉妹の長姉マグの顔をちらりと見やると、彼女は肩をすくめて末妹ラグの頭を撫でた。
「すみません。この子、恋煩いみたいで……」
「ち、違うよ!」
「え、誰、誰に?」
 興味津々に顔を寄せた女主人に、三姉妹は顔を見合わせ応えあぐねた。強く言えば配下の彼女たちは応えざるを得ないのはわかっていたが、バルバリシアは敢えてじっと返事を待った。
 次姉のドグが妹の腕をつつくと、俯いたラグの顔はみるみる赤くなる。妹たちの様子を見てマグが再び口を開いた。
「カインなんです」
「……ああ、それは気の毒に……」
 バルバリシアは、実らぬ恋に胸を焦がすラグを憐れんでため息をついた。女主人の嘆息を見てドグが、ですよね、と念を押した。
「やっぱり無理ですよね」
「無理でしょ」
「無理だって。時間の無駄だよ、ラグ」
「そうそう。早く諦めな」
「だから、違うって言ってるじゃん!」
 急に大きな声を上げたラグに、バルバリシア、マグ、ドグの三人は眉をひそめた。
「あんた、『カインを見てるとドキドキする』って言ってたでしょ」
「言ったよ! でも、あたしの話の続きを聞かず、マグ姉さんたちが勝手に勘違いしたんじゃん!」
「何よ! あたしたちのせいって言うの!」
「いつもあたしの話、ちゃんと聞いてくれないからこうなるんだよ!」
「生意気言ってんじゃないの!」
「静かにしなさい!」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した三姉妹をバルバリシアは一喝した。姉妹は一斉に口を噤み、揃って頭を下げた。
「聴いてあげるからちゃんと話してみなさい、ラグ」
 ラグは大きく頷き、深呼吸をしてバルバリシアに向き直った。
「あ、あの……み、見たんです。夜、屋上で、カインとゴ、ゴルベーザ様が……」
 三人の女たちはごくりと息を呑んだ。
「な、何を見たのよ!」
「い、いつ! 何であんただけ!」
「ドグ、うるさい! で? で?」
「落ち着きなさい、あんたたち! 黙って聴きなさい」
 女主人に叱責された姉たちが肩をすくめるのをラグは小気味好さそうに見上げ、すうと息を吸い込んだ。
「呻き声と荒い息が聞こえたから、誰か怪我でもしてるんじゃないかと思って声のするほうへ行ってみたんです。そしたら、カインが倉庫の壁にこんな感じで、そこにゴルベーザ様がこおんな風に……」
 ラグは自らの背中を壁に張り付けカインの真似を、そこへ覆い被さるようなゴルベーザの真似を一人で演じてみせた。
「何してたのよ」
 なぜか声を潜めてドグがラグに尋ねた。
「んー、暗くてよくわかんなかった」
 えー、と姉二人は心底残念そうな声を上げる。
「じゃ、じゃあ、何か聞いた?」
「ぼそぼそして何喋ってるか、わかんなかった」
「それじゃあ二人かどうかわからないじゃない」
「カインは間違いないです。兜が竜の形だったし。ゴルベーザ様は……あんな黒い大きな人はゴルベーザ様しか……」
「あの甲冑を見たわけじゃないのね」
「それは、まあ……」
「あんた、何だって夜中ひとりでそんなとこに?」
 マグの問いかけに、ラグは言いにくそうに唇を湿らせ俯いたあと顔を上げた。
「バルバリシア様にもらった髪留めを落としちゃって、探しに行ってた」
 マグとドグが非難をこめた視線をラグに寄越した。
「で、見つかった?」
 ラグは首を横に振り、女主人に頭を下げた。
「バルバリシア様、ごめんなさい。せっかくいただいたのに……」

 バルバリシアは腕を組み思考をめぐらせていた。
 カインの相手が他にいるはずがない。主は寵臣との関係を隠そうともしない。彼のことだからラグの気配に気づかないはずがない。見られていることも、それをかしましく話題にされることもわかっていたはずだ。わかっていて敢えて行為を続けた……?
 バルバリシアは咄嗟に辺りを見回し身震いした。

「バルバリシア様?」
 黙ってしまった女主人を訝りマグが声をかけた。バルバリシアは我に返り大きく息を吐き、ラグに、またあげるわ、と声をかけ、彼女たちの主人として取るべき態度を示した。
「憶測でものを言うのはよくないわね」
「で、でも……」
「いいこと、もうその話を他所でしてはだめよ」
 バルバリシアは唇に人差し指をあて、視線だけを四方に巡らせてみせた。姉妹たちも女主人の仕種の意味するところを察し、口をきりりと引き結び神妙に頷いた。
 バルバリシアは満足そうに頷いたのち、ラグに小さく手招きした。ぴょこぴょこと寄って来た彼女の背丈に合わせ屈みこみ、耳打ちした。
「今度そんな場面に出くわしたら、マグたちに内緒で私を呼ぶのよ。いいわね?」
 片目を瞑ってみせると、ラグも姉たちに見られぬよう掌を立てて口許を隠し、はい、と声に出さずに口を動かした。


 次の日、会議が終わったあとバルバリシアはゴルベーザに呼び止められた。
「おまえのところのいちばんチビのものだろう。渡してやれ」
 主の手から小さな花飾りのついた髪留めを受け取りながら、恐れ入ります、とバルバリシアは身を強張らせ深々と頭を下げた。








09/06/21〜09/08/20
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