拍手御礼

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16

「ゴルベーザ様!」
 ノックもおざなりに息を切らせて部屋に駆け込んできたカインに、何十枚もの書類にサインをしていたゴルベーザは、何事だ、と顔を上げた。
「ク、ク、クク……」
「落ち着け」
「クーが、クーが!」
 ただならぬ様子のカインと、彼に世話を任せているクアールの名を聞いて、ゴルベーザも思わず立ち上がる。
「クーがどうした」
「ク、クーが、クーは、クーは雌でした!」
「……」
 ゴルベーザはどさりと椅子に腰掛け再びペンを執り、何事もなかったかのようにサインを続けた。
「え、あの……ゴルベーザ様」
 カインは大きな机に寄り、首を少し傾げた。
「……大慌てでわざわざそんなことを言いに来たのか」
 書類に視線を落としたまま問うと、カインは、え、と首を更に傾げたので、ゴルベーザは呆れたように嘆息した。
「いままで知らなかったのか」
「え……ゴルベーザ様はご存知でしたか」
 毎日世話をしているのはおまえだろう、とゴルベーザが吐き捨てるように言うと、カインは、きまりが悪そうに俯き唇をわずかに尖らせた。
「股間なんて注意して見ていませんでしたが、先ほど二匹を後ろから見ていて、アールにははっきりとある……タマがクーには無かったので……」
「二匹とも雄だと思っていたのか」
 はい、とカインは神妙に頷いた。
「思い込みだな。見もせずに」
 はい、とカインは唇を緩く噛み、照れをごまかすように鼻先を擦り口許を隠した。
「で、クーが雌だからといって、何を慌てふためく必要があるのか」
 ゴルベーザの言葉にカインは顔を上げ、あります、と再び鼻息を荒くした。
「いつも二匹一緒にいますから、このまま年頃になると交尾を始めるかもしれません」
「それのどこが問題なのだ」
 え、とカインはまた首を傾げた。
「どうも噛み合わんな……」
 ゴルベーザはペンを置き、背もたれに背中を預け腕を組み長い脚を組んだ。
「産めよ増やせよ。めでたいことではないか」
「増えたら、これ以上増えたら困ります」
「では、おまえはどうしたいのだ」
「それは……」
「二匹を引き離せとでも言うのか。それとも産めん身体にしてしまえと言うのか」
 ひどい奴だな、と付け加えると、カインは首を何度も横に振った。
「どうしたいのか、そのためにはどうすればいいのか、そこまで考えてから来い」
「……わかりました。お騒がせして申し訳ありません。失礼します」
 首を捻り踵を返したカインにゴルベーザが呼びかける。
「カイン」
「はい」
 ゴルベーザはカインに手招きをした。見慣れぬ仕種にカインは一瞬小さく口を開け、はい、と頷いて再び机に寄った。
「言い忘れたことがある」
「はい」
「子は親が育てるものだ。おまえが案ずることはない」
 自分の言葉にどこか違和感を抱きつつ、ゴルベーザは諭すようにカインに言い聞かせた。
「たとえ危なっかしくても、見て見ぬふりしていればいい。本能に任せておけ」
 カインは小さな息を吐いて頷き、微笑んだ。
「そうでした。親がいますね。当たり前のことを……つい慌ててしまいました」
「おまえの部屋が手狭になる頃には、あいつらに塔の警護をさせる心算もある」
「そこまでお考えでしたか」
 カインは感嘆の息を吐き、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことはしていない」
「……では、失礼します」
 部屋を出て行くカインに、あとで寄越してくれ、とだけ告げゴルベーザは再び執務に戻ったが、いずれ生まれ来る魔物の赤子のことを思うと、自然と頬が緩むのを止められなかった。







09/06/21〜09/08/20
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