拍手御礼

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10

「ローザ! 回復を頼む!」
 瀕死のエッジをかばい自らも相当体力を削られたセシルは絶叫した。
「だめだ、セシル」
 カインの言葉に後ろを振り返ると、ローザはぐったりとうずくまっていた。
「大丈夫か! やられたのか! フェニックスの尾は!?」
「いや、寝てる」
「くそ、『眠り』か!」
「自分でかけろよ」
「僕の白魔法は効率悪いんだよ!」
「俺に怒るな。……来るぞ!」
 敵の一撃はさらにエッジを襲った。すんでのところで彼をかばい、セシルはさらにダメージを受けた。
「うっ……」
「大丈夫? セシル」
「リディア、アイテムで……」
「もうポーションも無い、って言ってたじゃない」
「……じゃあ、シルフを頼む」
 それがね、とリディアは口篭った。
「なんか『沈黙』させられたみたい。さっきから呪文を全然思い出せないの」
 それならそうと早く言え、と彼女に直接言えるはずもなく、セシルはがっくりと項垂れた。いや、そんな場合ではない。
「あと一発でいい! エッジ! いけるか!」
「だめだ。見てみろ」
 え、とエッジを見ると、彼は歯を食いしばりぶるぶると身体を震わせている。
「『麻痺』をくらったようだな」
「リディア! アイテムでローザを起こしてくれ!」
「アイテムって?」
「目覚まし時計だ! 全然使わないからあるはずだ!」
 リディアはアイテムの入った袋に手を突っ込んでごそごそ探し始めた。
「ぐちゃぐちゃでわかんない。目覚まし時計ってどんな形?」
 ああ、とセシルは苛立った声をあげた。
「カインに頼む! カイン! 目覚まし時計を!」
「跳んじゃった」
「え!」
 リディアが指差した先を見上げると、カインが高くジャンプしていた。
 ひとが必死に回復に努めているときに、と口を尖らせたが、セシルは、よし、と拳を握った。自分の計算では、次の一撃で敵を殲滅できるはずだ。彼の槍が決まれば……
 しかし、敵を脳天からを穿ち着地したカインは、片膝をついたまま、ちっ、と舌打ちをした。
「浅い。とどめになってない。タフな野郎だ」
「カイン! 危ない!」
 どん、という敵の衝撃波を受け、カインはばたりと倒れた。
「カイン!」
 すくっと立ち上がったカインにセシルが安堵の息をついたのも束の間、彼はセシルに向かって槍を構えた。
「え……カイン……?」
「『混乱』してるみたい」
 この期に及んでどうすればいいんだ! 自分以外みんな役立たずだ! セシルは頭を抱えた。
「セシル、落ち着いて。カインにローザを攻撃してもらえばいいの」
 そうか、とセシルはリディアと目を合わせた。
「だから、絶対ローザをかばっちゃだめよ。あと一撃ぐらい、耐えられるはずだから」
「あ、ああ……」
 できるだろうか。勝手に身体が動いてしまうんだよ、このパラディンというやつは……
 セシルは顔をしかめて頷いた。
「私がカインをしばくから」
「え……」
 リディアは二つ折りにして横に持った鞭の両端を引っ張り、ピシャリ、と音を鳴らした。
 どこで憶えたんだ、そんな言葉……
「私なら、カインもそんなにダメージ受けないから大丈夫よ」
 セシルは、この状況でにっこり微笑むことのできる彼女を、とてつもなく頼もしく思った。
 槍を水平に構えたカインがローザに襲い掛かる。セシルは飛び出した。
「セシル! だめだって!」
「やっぱり無理だった……」
 ローザをかばいカインの突きを受けて、セシルは膝をつき崩れ落ちた。
「もう! だめって言ったのにぃ!」
 リディアは鞭を振り上げ、怒りに任せカインを打ち付けた。



 正気に戻ったカインと麻痺が解けたエッジの連係で敵を倒し、思わぬレアアイテムも手に入れ、一同は土壇場の逆転勝利に沸き返った。指一本動かすこともできない戦闘不能のセシルを除いて。
 四人はセシルを取り囲み、カインとローザは膝をついてセシルの顔を覗き込んだ。
「フェニックスの尾は?」
 リディアが首を横に振った。
「無いみたい」
「ローザ、レイズを」
「MPが足りないの」
 しょうがないな、とカインは嘆息して、ぐったりと動かないセシルを抱え起こし背中におぶった。
「それにしても毎度損な性分だよな。このパラディンってやつは」
 軽口を叩いたエッジを、リディアは、きっ、と睨んで詰め寄った。
「セシルのおかげで無事だったんでしょ!」
「わ、わかってる。わかってるよ。感謝してるって」
 両の掌をリディアに向け、口許をだらしなく緩めながらエッジは後ずさった。
「自分が瀕死でも身体が勝手に動いちゃうみたいだから、装備はセシルから、良いものを着けてもらった方がいいわね」
「えー! 次は俺の番じゃなかったのかよ!」
「おまえは何を装備しようが、同じだろ」
「てめー、何が言いたいんだ」
「もう、やめてえ!」
「大丈夫よ、放っておきなさい」

 戦闘不能状態とはいえ五感は働く。皆の会話を聞いて、セシルは深いため息をついた。
「なあ、カイン……」
 カインの背に揺られながら、彼の耳許に小さな声で呼びかける。
「ん?」
「『自己犠牲』って言うとかっこいいけど、僕、何かまぬけじゃないか。いつもやられてるし」
「しょうがないだろ。パラディンなんだから」
「かばいたくないときもあるんだけどな……」
「あてにしてるぜ、セシル」
 カインの言葉がいつぞやの自分のそれを模したものだと気づいて、まかせておけ、と応えたものの、その後の出来事も思い出しあまりいい気分にならなかったので、セシルは、それを振り払うように頭を振って、ありったけの力で彼にしがみつき目を閉じた。








08/12/21〜09/02/20
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