拍手御礼

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06

 目を開けたり閉じたり薄目にしたりしていたが、窓の外が明るくなる気配は一向になくて、俺は観念して身体を起こした。夜中、尿意で起きざるを得ないのは最悪だ。完全に目を覚ましてしまわないようにほとんど瞼を下ろした状態でベッドから立ち上がったが、ふと視界に入った隣のベッドを、今度は目をはっきり開けて見た。
 ベッドはもぬけの殻だった。今夜は隣で、くそ生意気な竜騎士が寝ていたはずだ。奴も小便かな。再びベッドに腰をおろしてしばらく待ってみたが、水を使う音さえ聞こえてこない。そのうち尿意も限界で、俺は足音を立てないように、月明かりだけの暗闇の中、バスルームに向かった。

 彼はそこにもいなかった。嫌な予感がする。俺たちは旅の間、単独行動をしないように心がけている。いつどこで敵の刺客が現れるかわからないからだ。奴だってそんなこと充分承知のはずだから、「眠れないから夜風に当たっていた」としたって、通らない理由だ。いや、それならまだいい。問題は、何か、俺たちに知られたくない理由で出歩いているかもしれない、ということだ。
 少し迷ったが、やはり言うべきだと思い、セシルのベッドに寄って行った。

 暗闇の中でもそれはわかった。セシルのベッドのシーツが不自然に盛り上がっていて、彼は滑稽なくらい壁に張り付いて眠っている。こいつは幅五十センチもあれば眠れるんじゃないか。そんなことを思いながら俺は得意の忍足でさらに彼のベッドに近づき、セシルが胸まで引き上げているシーツを、少しだけめくってみた。
 俺は、うっかり、声が出そうになり、慌てて口を押さえた。
 何なんだ、こいつら。
 親の帰りを待つ雛鳥たちが暖めあうように、捨てられた仔猫の兄弟が身を寄せ合うように、セシルとカインがぴったりとくっついて眠っている。どちらかと言えば、カインがセシルの身体に腕を回し、抱きついている。まるで、ひとりでは眠れない、怯えた子どもみたいだ。
 圧倒的な力で剣を振るパラディンと、舞うように跳び槍を穿つ竜騎士。昼間の二人からは想像もつかない寝姿に、俺は身体がむずむずするような微笑ましいような、なんとも形容しがたい気分になった。そこで、大の男ふたりが寄り添って眠るのも、バロンでは普通のことなのだろうと、無理やり考えることにした。

 心の中でカインに、疑ってすまなかった、と詫びた後、シーツを元に戻し、半分以上の場所をカインに譲って窮屈そうに眠っているセシルを見た。
 こいつもたいへんだな。いろんなものが彼の肩にぶら下がっている。この星の平和だとか、ひとりの女のしあわせだとか、危なっかしい幼なじみとか。ひとつ預かってやろうか、と考えて、すぐさまそれを打ち消した。俺には無理だ。自分の器は知っている。敵の親玉を倒したあとは故郷を再建し、惚れた女を自分のものにする。それで手一杯だ。あっちもこっちも手を出して中途半端にすることは、俺の「筋道」に反する。
 それに、セシルは決して途中で投げ出したりしないだろう。もし、しんどく重くなったなら、俺は喜んで肩を貸してやるつもりだが、セシルはそんな愚痴も決して口にしないだろう。
 わかってんのか、おい。
 今度はシーツからはみ出た金色の髪に向かって呟いた。

 カインがセシルに心を赦していて、二人の仲を危惧することなど何もないとわかり、俺はほっとすると同時に一抹の寂しさを憶えた。
 そうか、俺は、自分が思っている以上に、二人のことが好きなのだ。カインのあれこれが気になることも、奴がセシルを傷つけるようなことがあれば赦せないことも、そういうことなのだ。
 自分のベッドに戻り、ごろんと横になった。
 懐かしい感情だった。仲のいい奴が他の奴と楽しそうにしているところを見るとおもしろくなかった、あの感情に似ている。王子の俺を他と分け隔てなく接してくれたあいつ、今ごろどうしているだろう。
 懐かしい友人のことを思い出しながら、俺はとろとろと眠りの淵へ落ちて行った。









08/08/21〜08/10/20
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