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04

 彼は俺の声を聞きたがる。俺はできるだけ出したくない。
 声が漏れないように唇をぎゅっと噛んでいたら、長い指で下唇を押さえられそのままぷるんと弾かれた。俺は照れ隠しに、口を横に広げて微笑んでみせた。黒い兜の奥の双眸もきっと細められているのだろう。それが俺のしあわせな勘違いでないことは、彼がふっと声を漏らしたことで証明された。
 微笑んでいるはずなのに、俺の口の端はぶるぶると震えて、頬もぴくぴくと引き攣って、目には涙まで堪ってきた。
 あともう一回瞬きをすれば、きっと涙は溢れ出してしまう。
 目を閉じてしまわないように、黒い兜の向こうにあるはずの眸をじっと見つめていたけれど、突き上げられる衝撃に、思わず顎が上がり、目を閉じてしまった。
 涙がこめかみを伝い耳まで濡らした。

 感情が高ぶったときに流れる生理的な涙だろう。いまこれ以上、感情が高ぶることなどそうはない。
 そう自分に言い聞かせてみたけれど、それはもしかしたら、騎士の誇りも何もかも捨てて縋ってしまう恐ろしさ、肉の快楽に溺れ自分が自分でいられなく恐ろしさ、それに怯えて流す不安の涙かもしれない。
 そんな俺の不安を察したように、彼はやさしく名まえを呼んでくれる。俺は、こんなときなのに、この名をつけてくれた親に感謝する。
 低く穏やかに響く声がいつもより熱っぽくいつもより掠れていて、俺の脳味噌はとろけそうになる。この声が俺だけが知っている声でありますように。

「おまえは特別だから」と皆言うけれど、俺は彼のことを何も知らない。
 俺だけが知っていることといえば、誰もが畏れ敬う彼は、思いのほかやさしいということくらい。俺の名を呼ぶときも、硬い革手袋越しに俺の髪を撫でるときも、俺の中に押し入ってくるときも。どんなわがままを言っても笑って受け入れてくれそうな、それくらいやさしい。
 もちろんそんなことは言わない。一配下に過ぎない俺がこれ以上を望むのは出過ぎたことだから。

 でも、本当は……

 彼の律動は激しくなり、俺はもう余計なことは考えられなくなる。
 身体が浮き上がっていくような感覚を得ると、喉の奥で声をとどめるのも限界で、そのうち言葉にならないわけのわからないことを口にしてしまう。息も絶え絶えに喘いで、自分でも恥ずかしいくらい腰を振り立てて、共に果てることを願って、開いた脚を彼の腰に絡めて、彼の背に爪を立てる代わりに黒いマントをぎゅっと握り締めた。










08/06/23〜08/08/20
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