ローザが戦列に復帰してから、セシルは彼女にギルの管理を任せた。頭も良くしっかり者の彼女なら適任だと思ったのだが、セシルの読みが甘かった。
彼女は、他の多くの女性と同じく、買い物が大好きだった。
ある日ローザは、両手いっぱいの袋を抱えたエッジを荷物係に従えて、買出しから戻ってきた。その量を見て驚いたセシルだったが、中身を見て絶句した。
「見て見て! とってもお買い得だったのよ」
彼女は買ってきた道具類をうきうきと並べ始めた。乙女のキッス、十字架、ダイエットフード、小人のパン、打ち出の小槌、高価な牙類までほかいろいろ。
「ず、ずいぶんたくさん買ったんだね」
幾分顔を引き攣らせながら、セシルは彼女にやさしく声をかけた。
「これで私が倒れたりあなたのMPが少なくなっても安心でしょ」
「これは何?」
横からリディアが、赤いアイテムを指してた尋ねた。
「赤い牙よ。これならカインでも全体攻撃ができるわ」
「『でも』って……」
カインが後ろで小さく呟いたのをセシルは聞き逃さなかった。セシルはカインの方を振り返り、無言で頷いてみせた。
「セシル! これ見てみろよ!」
荷物を降ろし終えたエッジが、袋の中からローブを引っ張り出した。
「あ! エッジ、乱暴に扱わないで!」
「それは……光のローブ? 買ったの?」
リディアが目を丸くして尋ねた。
「あなたが着ているのを見て、ずっと欲しかったの。色違いよ。素敵でしょう?」
「俺は言ったんだぜ! リディアが着なくなったのを――がっ」
カインが背後からエッジの口を塞いだ。
「そ、そう。きっとよく似合うよ」
ローザは既に光のローブよりも防御力の高い白のローブを装備していたけれど、セシルはそれには突っ込まず、買ったばかりのローブを身体に当ててはしゃぐ彼女に、あくまでもやさしく接した。
いずれはローザと所帯を持ちたいと漠然と考えていたセシルだったが、この日はとてつもなく不安になった。
この戦いが終ってバロンに帰っても、陛下亡き後次の国王が僕を飛空艇団部隊長に任命してくれるかわからないし、そうなると僕は無職だし、そんな男と一緒になってくれるだろうか。他の仕事を見つけても、安月給でちゃんとやりくりしてくれるんだろうか……
将来をぼんやりと妄想しているところで背中を突付かれ、セシルはびくっと振り返った。カインが無言で、ローザと買出し品に交互に視線を送ってきた。彼の言いたいことを察したセシルも無言で頷いて、咳払いをひとつしてから、彼女に声をかけた。
「あの、ローザ。買い物リスト作ったりするのもたいへんだし君にばかり頼むのもなんだし、その、これからは武具も重くなるだろうし、エッジだけじゃ持てないだろうし……」
「なあに?」
セシルはもう一度咳払いした。
「えー、つまり、金の管理は僕がするよ」
「あら、そう。お願いね」
意外なほどあっさり、はい、とギル袋を渡してきた彼女に、セシルとカインは驚いて顔を見合わせた。彼女に気を悪くしたような様子もない。
ローザは特に浪費家というわけではなく、金が無ければ無いなりに過ごせる女性で、あまりこだわりがないようだった。自分が財布の紐を握れば巧くいくパターンではないだろうか。初めて知った彼女の一面に、セシルは頬が緩むのを止められなかった。
そうしてローザと交代したセシルだったが、ギル袋を開けて落胆した。残り九十八ギル。確かに、ここ最近は先を急ぐばかりに戦闘になっても逃げ出すことが多かったが、ポーションも買えない侘しい台所事情にセシルは泣きたくなった。
ベッドに横になって本を読んでいたカインに、向いているとは思わなかったけれど、ギルの管理を代わってもらおうとセシルは声をかけた。
「あのさ、カイン……」
「あー、俺、無理無理」
顔を上げもせず、話を最後まで聞きもせず、軽い調子でセシルの依頼を拒否したカインに、セシルはむっとした。
そんな断り方しなくても、とカインにぶつぶつ文句を言いながら、隣のベッドで手裏剣を磨いているエッジにも、だめでもともとで声をかける。
「なあ、エッジ。よかったらギルの管理をやってくれないか」
「ああ、いいぜ」
本当か、と喜び勇んでエッジの許に寄ったセシルに、彼は平然と言ってのけた。
「買い物なんてツケでしかしたことねえけど」
「……やっぱり、いい」
論外だ。
なんだよー、と口を尖らせるエッジを尻目にセシルは窓辺に寄り、北の空に向かって呟いた。
「こんなに君が恋しいと思ったことはないよ、ギルバート」
離れ離れになるその日まで几帳面に収支表をつけ、無駄のない完璧な買い物をしていた彼を懐かしみ、また泣きたくなってきた。
2008/08/08