セシルはたびたび苦労する

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3

「きゃー! かわいい! すごくカワイイ!」
「リディア、私にも抱かせて!」
「女って、ちっせえもん、好きだよなー」
 エッジが自分の肩に肘を置いてもたれかかってくるのを受け止めて、女性陣の悲鳴にも似た歓声を聞きながら、セシルは頭を抱えた。

 戦闘中、次々と状態異常にかかってしまう仲間たちに必死にエスナをかけていたセシルだったが、回復役ばかりでは埒が明かないと、次は敵に一太刀を浴びせその次にカインにエスナその間にエッジがとどめを、とシミュレートしたはずなのに、最初の一太刀に予定外のクリティカルヒットが出て敵を全滅させてしまった。
 何故いまクリティカルが出るんだ!
 形勢逆転、見事勝利したというのに、セシルは、この後の展開が容易に想像できて、がっくりと膝をついた。勝利に喜び沸く仲間たちはセシルの様子に首を傾げていたが、ミニマムがかかったままの小さなカインに気づいて、驚きの悲鳴を上げた。

「この前はね、私、自分のことで精一杯で、小さなカインのことが目に入らなかったの」
 胸に小人を抱いたリディアが、うれしそうに袖をひらひらと翻して身体を揺らした。
「一晩蛙のまま我慢していたときね」
 微笑みながらローザが小人を抱こうと腕を伸ばすけれど、リディアはそれに気づいているのかいないのか、小人をしっかりと抱え直した。意外に豊かな胸の谷間に顔が挟まりそうになり、手足をばたつかせてもがく小人を見て、エッジはセシルの肩をぎゅっと掴んだ。
「おい、早く元に戻してやれよ」
 いつになくエッジの声音に凄みがかかっていて、セシルは、わかってるよ、と少し緊張しながら答えた。
「リディア、カインにエスナをかけ――」
「ちょっと待って! まだ私、抱かせてもらっていないもの」
「ローザ……」
「リディア! 早くローザに抱かせてやれ!」
「何怒ってるの? 変なエッジ」
 リディアは口を尖らせて、ローザに小人を差し出した。ローザはうきうきと掌に乗せた小人に顔を寄せ、わずかに後ずさる小人にお構いなしに、おもちゃみたい、と甲冑の装飾を指先で弾いたり撫でたりしている。
「セシル!」
 小さなカインがセシルを呼ぶと、ローザとリディアはまた、きゃー! と歓声を上げた。
「声も変わってる! かわいい!」
「もう一度何か言って!」
 セシルには今のが自分に助けを求める声だとわかっていたけれど、はしゃぐ二人の間に割って入る勇気は無かった。エッジはエッジで眉間に皺を寄せだんだんと不機嫌になっていくし、カインには後でたっぷり嫌味を言われるだろうし、セシルはまた頭を抱えた。
「おい、セシル」
 エッジの声はますます低くなっていく。
「俺にミニマムをかけてくれ」
「言うと思った……」
 セシルはがっくりと肩を落とした。早くしろよ、とエッジがセシルの肩をぐらんぐらんと揺すっていると、リディアが、ねえ、と声をかけてきた。
「セシル、私、今夜は小さなカインと一緒に寝たいの」
 セシルとエッジだけでなく、さすがにローザも目を丸くして驚いた。
「ちょ、ちょっとそれは……」
「お、おめーはバカか!」
 口の悪いエッジをじろりと睨んでから、リディアは、大きな目をきらきらとさせてセシルの顔を覗き込んできた。
「ね、だから元に戻すのは明日にして」
「リ、リディア! 何言ってるんだ!」
 きゃー! とまた二人の歓声。言いたいことは山ほどあるだろうけれど、いまは黙っていた方がいい、とセシルは小さなカインに黙ったまま目で合図したけれど、それが伝わったかどうかはわからない。
「だってお人形みたいでかわいいから」
「『みたい』だけど人形じゃないよ」
「お気に入りの人形とよく一緒に寝ていたのよ。火事で燃えちゃったけど」
 場の空気が一瞬にして凍りついた。
「……」
「……」
「……」
「ん? どうしたんだ、みんな」
 エッジがきょろきょろと皆の顔を見回した。セシル、ローザ、小さなカインの三人は顔を引き攣らせ、ぞれぞれ手の甲で額の汗をぬぐった。
「そ、そ、そうね。ひ、一晩くらい、ね。セシル」
「そ、そ、そうだな。か、構わないだろ、カイン」
「ん……あ……た、たいしたことない、かな」
 きゃー! と今度はリディアだけが歓声を上げ、少し膝を折って小さなカインに顔を寄せ、微笑んだ。
「おめー! 豚はダメで何で小人だといいんだよっ!」
 エッジが胸倉を掴まんばかりの勢いでセシルに詰め寄ったけれど、セシルの頭の中はいろいろなことが渦巻いてエッジに構うことはできず、肩をぐらんぐらん揺すられるがままに任せた。
 リディアがにこにこと微笑んで両の掌を差し出してきたので、ローザは小人をリディアに手渡した。小さなカインを再び胸に抱いて、かわいいかわいい、と何度も小さな兜を撫でるリディアに、カインも手足をだらりとさせされるがままで、今夜一晩彼女の人形になりきることに腹をくくったようだった。


「落ち着けよ、エッジ。どうにかなるってもんじゃないだろ」
「これが落ち着いていられるか」
 就寝の時間になってもうろうろと部屋を歩き回っているエッジに、セシルは嘆息した。
「さっき言ったように、僕らはリディアのこと、妹みたいにしか思えないんだから何も気を揉むことないって」
「……あいつがそんな壮絶な経験してきたってのはわかったけどよ……」
「そう。だから寝惚けたカインがリディアの寝床をごそごそしたりすることなんてないから」
「てめー!」
 エッジは、ベッドの上のセシルに飛び掛って首を羽交い絞めにして、身体をぐらんぐらん揺らした。
「じょ、じょ、冗談だってば!」
「おめー、今度そんな冗談言ったら、消す!」
「わ、わかった! ごめん! すみません!」
 あまりのエッジの剣幕に、つい調子に乗って口にしてしまった冗談を後悔しつつ、セシルはカインのことを想った。明日になれば元の姿に戻ったカインにもこうやって責められるのか、むしろ彼のことだから、冷ややかな視線をくれて口を利いてくれないかもしれない。それに比べればエッジのこの直情径行な性格さえ微笑ましく思えて、セシルはわざと情けない声を上げて、エッジの八つ当たりに付き合ってやった。








2008/05/25

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