紫の豚の身体をシャワーで洗い流してやりながらぼんやりと考える。
この魔法はどういう理屈なんだろう。装備品ごと豚やカエルに変えてしまう。今洗っている豚も裸に見えて服を着ているのか。装備品も皮膚に変えてしまうんだったっけ。僕にはよくわからない、原子の組み換えとか分子の転換とかってやつか。
セシルの手が止まったことを咎めて豚がブブーと鳴いた。
「ごめんごめん」
再び豚の背中に泡を立てると、豚は気持ちよさそうに目を細めた。
「そうか。エッジは王子様だからこういうの慣れてるんだな」
豚が太い首を回してセシルを振りかぶった。
「ちがうちがう。『こういうの』って豚になることじゃなくて、洗ってもらうこと」
セシルが慌てて言い足すと、豚はまた前を向いて目を閉じた。
きれいになった豚をタオルでゴシゴシ拭いてやり、豚がうるさく突付くので、湯上り用のパウダーもたっぷりはたいてやった。上機嫌の豚はベッドへ向かってまっしぐらに突進し、飛び乗った。
「カインはどうする? 洗ってあげようか?」
清潔なシーツの上でブヒブヒのた打ち回っている豚を横目に机の上で脱いだ兜を磨いていたカインが顔を上げた。
「自分でするから湯を入れてくれ」
「了解」
セシルは湯を張ったボウルを机の上に置いた。おもちゃのように見える装備品をポイポイ脱ぎ散らかして、小さなカインは下着一枚になったところで手を止めた。
「おい」
可愛い声で凄まれても何とも思わない。金串を置いた小人は、少しも怖くない。
「あんまりじっと見るな」
「ごめん。なんか新鮮で」
セシルは人差し指でカインの背中をつーっと撫でた。わっと叫んでカインが仰け反った。
「遊ぶな!」
「遊びたい」
「おまえ、人形か何かだと思ってるだろう」
「人形よりかわいいよ」
カインがギロリと睨んでくるのも気に留めず、セシルはその場にしゃがみこんで机の上に組んだ腕を置いて、カインと同じ高さに目を合わせた。
「おい」
「ん?」
「あまりそばに寄るな」
小さなカインが後ずさりながら訴えるので、セシルは首を傾げた。俯いたり顔を上げたり、何か言いたげに落ち着かないカインの様子に、セシルは、どうした、と尋ねた。
「小さい俺はかわいいかもしれないが、でかいおまえは、なんというか、その……怖いんだよ!」
「え」
「想像してみろ。視界一面、でかい顔で占められてるんだぞ!」
思ってもみなかったことを言われセシルは驚いたが、カインが言ったことを実際思い描いてみて、ちょっとしたホラーだ、と納得した。
「ん、確かにな……でも、カインにも怖いもの、あるんだな」
歯を食いしばって顔がにやつくのを防ごうとしたけれど、巧くいかなくて、セシルは口許を手で覆った。
「こ、こういう特殊な状況だからだ!」
怒ったカインは、ボウルの湯を手ですくってセシルにばしゃばしゃと浴びせかけた。セシルにとっては、小さな雨粒がひとつふたつ当たるような感触に過ぎなかったけれど、応えていないようにいると彼をさらに怒らせることになるので、大げさに顔を背け仰け反ってみせた。
「もう、おまえ、あっちに行ってろ!」
「わかった、わかったから、やめろって」
湯の攻撃もどうということもなかったが、セシルはカインの言葉に素直に従って自分のベッドに戻った。
さっきまで平気な顔していたくせに。
ベッドに腰掛けて、小さなカインが勢いよくボウルの中に飛び込むのを遠目に眺めながら、セシルはぶつぶつと呟いたが、隣のベッドで紫の豚がブーブーと鼻を鳴らすのを聞いて、ハッと気づいた。掌に乗って自分の耳許で、早く買って来い、と訴えたときは、周りに皆がいたということを。
怖かったのに、皆の手前、我慢していたのか……
カインが心情を素直に訴えたのが自分に対してだけ、ということにセシルは大いに満足して、ベッドにゴロンと横になり、大変だった一日の終りにしてはまずまずだ、とほくそ笑んだ。
御礼02から移動 2008/05/07