案内された部屋は、ゾットの塔にある彼の部屋とは比べ物にならない大きな機械と複雑な装置の数々で埋め尽くされていて、ここが彼、ルゲイエ博士の城なのだ、
とカインは辺りを見回しながら、感嘆のため息をついた。
「来たか」
奥の部屋から、一足先にこの塔を訪れていた主ゴルベーザが現れたので、カインは、ただいま到着しました、と一礼をした。
「よろこべ。ようやく完成したぞ」
「何がですか」
「物質転送装置が完成したんじゃ」
「え! まだ諦めていなかったんですか」
カインは耳を疑った。
ゴルベーザの命を受けルゲイエは、遠く離れたところへ瞬間移動できる装置の開発に勤しんでいたが、実験では、被験者となった魔物の幾人かが転送されたまま二
度と戻ってくることはなかったので、そんな危険な装置の開発にかける時間と費用は無駄だ、とカインはゴルベーザに何度も進言した。主もそれを渋々聞き入れ、開
発を諦めたはずだったのだ。
「これを見ろ」
ゴルベーザが得意げに自分の右腕を顔の前に掲げる。彼の腕にはアーム型のターミナルが装着されていた。
うわ、カッコ悪い……
そう思っても口には出さずカインは、おお、と感心してみせた。
「いままでのリストバンド型ターミナルは受信専用で、この本部からGPSで居場所を確認しながら行き先を操作しておったが、この新型は、ボタンに緯度経度を打
ち込めば、その場で転送されるのじゃ」
ルゲイエが得意げに解説を始めた。
「つまり、自分の意志でここに戻って来れるので、これまでのような失敗はない、と」
カインは半信半疑のまま尋ねた。
「そうじゃ。行き先を転々と変えることができる」
「行くぞ、カイン」
「ええ! お待ちください。ゴルベーザ様、危険です!」
「ゴルベーザ様、これをお持ちください」
ルゲイエはゴルベーザに一枚の紙を手渡した。それは、世界の都市とその緯度経度が書かれたリストだった。
「この数値を打ち込みますと、ご希望の町へ行けまする」
「おお、でかした、ルゲイエよ」
二人の会話にカインは、ため息をついた。
「あの……その数値を予めボタンに登録しておけば、そんなリスト、いちいち見なくても済むのでは」
「あ」
「む」
ゴルベーザとルゲイエは顔を見合わせた。
大丈夫か、この人たち…… 機械に疎い俺でさえ思いつくことなのに。
カインの不安は拭いきれない。
「うむ、できるか、ルゲイエ」
「明日中には……」
ゴルベーザは唸った。
「明日まで待てん。今日のところは手打ちで行くぞ」
「お、お待ちください! ゴルベーザ様自ら実験台になられるのは……せめて」
ゴルベーザはカインの首に腕を回しぐいと引き寄せ羽交い絞めにすると、リストを見ながら、ターミナルのボタンに数値を打ち込み始めた。
「ええ! 私も?!」
「どこまでもそばに、と言っていただろう」
「それとこれとは!」
「いってらっしゃいませ」
カインの叫びもむなしく、数値を入力し終えたゴルベーザが赤いボタンを押すと、二人は一瞬にしてルゲイエの前から消えてしまった。
突然景色が変わり、ゴルベーザの腕の中でカインは呆然と立ち尽くした。
背後の森からは鳥のさえずりや川のせせらぎが聞こえ、目の前の城壁の向こうには美しい城が見えた。
「この城は……トロイア?」
「成功だな」
カインは瞬時の出来事を理解し、驚嘆の声を上げた。
「すごい! これはすごい機械ですよ、ゴルベーザ様!」
「当然だ」
「転送の間も一瞬でした!」
昂奮したカインは、ゴルベーザの右腕に装着されたアーム型のターミナルを、今度は尊敬の眼差しで眺めた。
「黒チョコボにでも乗るか」
「いえ、それはまたの機会に」
早くいろいろなところに行きたくて、カインは好奇心に満ちた目を主に向けた。
「次はどこへ行くかな……」
ゴルベーザは次の目的地を打ち込み始めた。革手袋をはめた大きな手では小さなボタンはいかにも打ちづらそうで、カインは、自分が代わって打つ、と申し出た。
「私の指の繊細な動きは、おまえがいちばんよくわかっているはずだが」
ゴルベーザは、まるでピアノを弾くように、軽やかにボタンを叩いてみせる。カインはさっと顔を赤らめてあらぬ方向を向き、軽く咳払いをした。
次の到着地は、砂漠の中の、廃墟同然の城の前だった。
「ダムシアン……ここは何もなさそうです」
「ひどい有り様だな」
「……ゴルベーザ様が砲撃を指揮なさったとか」
そんなこともあったな、とゴルベーザはしれっと言ってのけた。
「これなら月までも一瞬だ」
「じゃあ、クリスタルを集める必要は……」
「む」
ゴルベーザとカインは顔を見合わせた。この装置があれば、無駄な略取も戦いもなくなる。あるいは、さらに詳しく照準を合わせて、クリスタルルームに侵入する
こともできるはずだ。
「ゴルベーザ様」
「うむ、今度訊いておこう」
え、誰に。
カインは喉許まで出かかった言葉を飲み込んだ。時折、主がぶつぶつと独り言を言うのは知っていたが、召喚獣と会話ができる主のことだから、守護霊か何かとで
も話ができるのだろうと、カインはのん気に考えた。
次の目的地を入力しようとしたところ、砂嵐が舞い、ゴルベーザが手にしていたリストが吹き飛ばされてしまった。それを追いかけようと駆け出したカインは、地
面に何かの影が差していることに気づき、はっと頭上を見上げた。
「コカトリス!」
カインは大急ぎで、甲冑のスロットから取り出した携帯用ジャベリンの柄を伸ばした。
魔物はカインの兜をかすめるように低空で飛ぶと、ひらひらと風に舞っていた紙を咥えて飛び去ってしまった。
「なんで魔物が紙なんか!」
「カイン! 跳べ!」
カインはジャンプし魔物に一突き喰らわせたが、突きが浅く致命傷には至らず、魔物は体勢を立て直し、よろよろとながら、さらに高く飛び上がっていった。
「だめです! もう届きません!」
「ファイア!」
「えええ!」
ゴルベーザが呪文を唱えると、小さな炎の塊が見事魔物に命中し、火だるまになって落下してきた。カインは大慌てで駆け寄り、魔物が咥え去った紙を探したが、
黒焦げのくちばしからは、くしゃくしゃの灰しか出てこなかった。落胆したカインは、主に対して、つい大きな声を出してしまった。
「何故、よりによってファイアなんですか!」
「う、うむ、あ、あれだ、初めて憶えた魔法だから思い入れが」
魔法って思い入れで唱えるものなのか? カインは冷たい目を主に向けてぶつぶつぼやいた。
「せめてブリザド……いや、濡れたら読めなくなる。サンダー……いや、ファイアと同じかも。んん、そうだ、バイオ。そう、せめてバイオならリストは無事でした
よ!」
「落ち着け。慌てることはない」
自分が気にしていることなど彼にとっては取るに足らないことなのか、それとも、単に彼がのん気なだけなのか。カインは大きなため息をついた。
「バブイルの塔の数値、憶えておられませんよね」
「当然だ」
「自信満々に仰らないでください」
カインはさらに深いため息をつき、肩を落とした。
「次元の狭間に取り残されたわけではない。そうがっかりするな。我々が戻らないとなれば、ルゲイエが迎えを遣すだろう」
明日まで待つべきだったのに、とぶつぶつぼやき続けるカインのそばを離れ、ゴルベーザは壊れた門をくぐり、城の中へと進んで行った。それに気づいたカイン
は、その場から動かず、主に呼びかけた。
「ゴルベーザ様! 外にいないと、迎えの者に見つけてもらえません!」
カインの声を背中に聞きながら、ゴルベーザはすたすたと歩みを進める。
「暑くて身体がもたん」
「では、せめてカイポまで行きませんか。ここは何もありませんし」
「何もないなら、することはひとつだな」
「……すぐ、そういうことを仰る……」
頬を染めたカインが口を尖らせると、歩みはそのままに、ゴルベーザは顔だけで振り返り、からかうような声音で言った。
「なかなか想像逞しいな」
頬だけでなく額まで熱くなってきて、カインはまた、ほうと息を吐いた。熱さは気温のせいだけではない。
中門へ上るステップに片足をかけたまま、ゴルベーザが身体ごと振り返った。
「どうした、入らんのか」
この廃城でどれだけ過ごすことになるのだろう。そう考えると、うんざりするあまりまた嘆息しそうになるけれど、一方で、身体がもつだろうか、と考える自分
は、主の言うとおり、想像逞しい好き者なのだろうか。熱くなった頬を両の掌で軽く叩いて、迎えのことはとりあえず頭の外に追い遣って、カインは、左腕をこちら
に差し出して自分を待つ主の許へ駆け寄って行った。
「試練の山より愛をこめて」投稿作品 2008/09/07