「ゴルベーザ様、これは何なんですか」
朝の挨拶もそこそこによこされた強い口調のカインの問いかけに、ゴルベーザは「これ」が何を指すのかすぐには理解できず、起き抜けの頭をフル回転させた。カインの手には一枚の紙が握られていて、それが何の紙なのか見出しを読み取ろうとしたが、カインの手が邪魔で見えなかった。そんなゴルベーザの様子に、カインは主の顔の前に紙を突きつけた。
「これです」
「おまえがこの単語が読めないとは知らなかった」
「何故またこんなもの買われたのか、って訊いてるんです。今月も赤字だと申し上げましたでしょう」
ほんの冗談も軽く流され、バツの悪さに、ゴルベーザはあらぬ方向を見てその紙から視線を逸らした。それはN社からの、二ヶ月前に購入予約をした新型飛空艇の請求書だった。
逸らした顔の先にも請求書を突きつけられ、ゴルベーザは渋々それを手に取り、目を通した。
「おお、明日が納期だったのか。喜べ」
「ゼロが一つ少なければ喜びますけどね」
腕を組み斜交いに構えて呆れたように冷たい視線をくれるカインに、今夜憶えておけ、と口の中で呟いて、ゴルベーザは金の話題から話を逸らそうと試みた。
「すごいぞ、今度の新型は」
「だから、数ばかり増やして、ろくに操縦する者がいないのに、どうなさるおつもりですか」
「……とびきり優秀な男がいる。バロンのミドとかファドとかいう奴が、話にならんくらいのな」
「シドです」
「そのシドとやらもお手上げだろう」
「そんな優秀な人材がよく残っていましたね」
ゴルベーザは親指を立て、自分の胸を指差した。カインがいつまでもきょとんとしたまま首を傾げているので、ゴルベーザは軽く咳払いをした。
「私は、赤い翼飛空艇団団長でもある」
「……ああ、そういえばそんな設定、ありましたね」
カインが冷ややかに返してくるので、また咳払いをして話を逸らした。
「とにかく、もうキャンセルできないからな。いましたら、キャンセル料を払わなければならないのだからな」
ゴルベーザはカインの目の前で請求書の摘要欄をパンパンと叩いて指し示した。カインはゴルベーザに顔を寄せて、請求書の日付欄を指で示す。
「……日付は一ヶ月前ですよね。キャンセル料が発生する日まで、私に隠しておくおつもりだったんですね」
「い、いや、故意ではなくだな、失念していただけだ」
「N社は、先月分の支払いも滞っているんですよ」
「それは、あれだ。またどこかの町からさくっといただくとして……」
「前にも申し上げたように、無駄な略取で恨みを買い、不穏分子を作ることは避けなければいけません。それを鎮めるために兵を出して、結局金がかかるんですから」
「とにかく、不要なものを売ってでも、資金を作ってくれ」
「それに、このタイプの機だとS社の方が割安であ――」
「Sはいかん!」
ゴルベーザは声を張り上げ、カインの話を遮った。
「保証期間が過ぎるのを見計らったように故障してしまう」
「そんな都市伝説、信じているんですか」
「伝説ではないぞ。現に、私のP●Pは一年経った途端壊れた」
「あれだけ連打していたら、壊れますよ」
Sはだめだ、と繰り返すゴルベーザに、カインは呆れたように嘆息した。
「とりあえず、古い機を下取りに出しましょう。よろしいですね」
「数が減るではないか」
「よろしいですね」
「う、うむ」
数の多さが勢力の強さであると考えるゴルベーザだったが、金策をカインに任せきりなので、渋々承諾せざるを得なかった。
次の日、ゾットの塔屋上。
ゴルベーザとカインは、購入したばかりの新しい飛空艇が砂塵を巻き上げ着陸するのを見守っていた。エンジンが止まりタラップが下ろされると、ゴルベーザはいそいそと機体の側に駆け寄った。真新しい機体に記された標章を撫でながら、ゴルベーザは満足げに何度も頷いた。
「見てみろ、カイン。こいつはどんな攻撃魔法にも耐えうる金属が使われている」
「高いはずですね」
「メガとかギガとかいう奴の魔法でも『焼け石に水』というやつだ」
「テラです。たぶん」
「テラとやらもお手上げだろう。たぶん」
「そこは『たぶん』じゃだめでしょう」
カインは少しぎこちない歩き方をしてゴルベーザの隣に寄り、飛空艇を見上げた。
「確かに、格好いいですね」
だろう、とゴルベーザは機体をぽんぽんと軽く叩いた。
「こいつは、私が機長を務める」
「ここの指揮はどうするんですか」
「四天王の誰かにでも任せておけ」
「私じゃないんですか」
カインは不満げに口を尖らせ、ゴルベーザを見上げた。
「おまえは私といつも一緒だろう」
「……」
カインはみるみる頬を染め、俯いた。彼の様子に気を良くしたゴルベーザは、カインの腰を抱き寄せ、主寝室はもっとすごいぞ、と彼の耳許で囁いて、タラップを上って行った。
「試練の山より愛をこめて」投稿作品 2008/05/04