このところ野営が続いていたため少しばかり欲求不満だった若い二人は、久々のベッドの上で、少しばかり無茶をした。
どちらからともなく目を合わせ、どちらからともなく触れ合い、どちらからともなく唇を合わせる。
服を脱ぐ間も惜しんで互いの身体をまさぐり合う。
何度身体を重ねてもどこか照れの残る二人には、ふざけ合うか、ただ黙々と行為に耽るか、その二つしかない。
今夜は後者だった。どちらが選んだわけでもない。おそらく「気分」だろう。
相手を思いやることは二の次で、睦言を交わすこともなく、ただひたすら情を交わす。
照れ隠しの軽口も負け惜しみもしゃれも冗談もない。かといって夜の静寂(しじま)が部屋を支配するわけでもない。
荒い息遣いとスプリングが軋む音。呻き声と洋燈の油が燃える音。掠れた喘ぎと粘膜が擦れる音。
一つ大きな息を吐き、唇をぎゅっと噛み締める。言わなくてもいいことを言わないように。傷つけないように、傷つかないように。
汗ばむ身体、色づく肌、甘い吐息。
加減を知らない。自制しない。疲れを残さないようになどと考えもしない。
まるで――
まるで憶えたての少年のようだ、といつか喩えたのは自分だったか。むしろ発情した獣のようだ、と返したのが自分だったか。
明日のことも顧みない無責任な情欲をどちらも咎めることはなく、若さを過信した、あるいは、癒しの魔法に依存した自分たちを嘲笑い、呆れ、それでも目も眩むような陶酔に、これはどこか現実離れしていると思わざるを得ない。
長年見慣れた顔が欲望を喚起する淫靡なものに変わっていく。悦びを確かに分かち合っているのだと満足する一方で、これは自分にだけ見せる顔でないのだと冷静に考える。
わけのわからない嫉妬ごと、秘密を持つうしろめたさごと強く抱き締める。
胸をぴったりと合わせ鼓動を伝え合う。脈打つ心臓は、確かにここに存在しているのだと、夢でも幻でもなく、生きた身体を交えているのだと教えてくれる。
掌を鍛えられた身体に這わせ、確かな輪郭をなぞる。一段と白く浮き立つ傷痕の、微かな凹凸を指先に感じ、自分の知らない傷の多さに少し驚く。すべてを知ったつもりでいた傲慢さに苦笑いを浮かべると、彼も自分の傷痕に触れ、唇の端を少し上げる。
口を開くことなく要求を伝えられるのも幼馴染の強みで、言葉にせずとも、体勢を入替え脚を開き腰を浮かせ、言葉にせずとも、体勢を入替え強弱を変え腰を突き入れる。
唇を寄せると、当然のように口を開き舌を伸ばしてくる。呼吸をすることも忘れ舌を吸い合い絡め合う。頭の芯が痺れるような酸欠状態が心地よい。
舐める、吸う、咥える。
撫でる、擦る、摘まむ。
啜る、啄ばむ、噛む。
弄る、抉る、掻く。
穿つ、貪る、放つ。
汗に塗(まみ)れ唾液に塗れ精に塗れ、べたべたと身体を汚すことにさえ心浮き立つ。無理な体勢に身体は軋み、舌は感覚がなくなるほどびりびりと痺れ、局部はひりひりと熱を持つのに止めることはできない。
戦いに明け暮れる日々は精神を高揚させ、神経をゆっくりと麻痺させる。痛みにも恐れにも鈍感になり、負傷することを厭わない。
危機一髪で難を逃れかろうじて勝利した戦いの昂奮を引きずっているわけではないはずなのに、血を流し、命の灯火が揺らめくのを身近に感じたときほど、どうしようもなく気持ちが昂ぶり身体は熱を持つ。
そういえば、抱き合うのは決まってそんな日の夜だ。
単なる捌け口か。彼がこうしてすぐそばにいなければ、熱を持った身体を持て余し一人自分を慰めるのだろうか。あるいは、相手を求め夜の町を彷徨うのだろうか。
あらぬ空想にまた苦笑いを浮かべる。
肩を撫で、腕を撫で、腰を撫でる。頬に、目尻に、長い睫毛に口付ける。
誰でもいいはずがない。
身体だけでない、胸の奥まで熱く魂を揺さぶられるような交合が、他の誰に代わるはずもない。
憐憫か、同情か、救済か。
償いか、色欲か、愛情か。
……
わからない。
自分の気持ちも、彼の気持ちもわからない。
何を言っても違う気がする。間違っているならば、何も言わないほうがいい。むしろ正解などあるのだろうか。
こんなにも熱を与え合うことができるのに、遠い。近くて遠い。胸騒ぎが止まらない。
不安を掻き消すように求め合う。
捌け口で構わないと互いに思う。この瞬間が互いに必要なのだ。必要だから抱き合い求め合う。
砂漠に水を撒くような、何も残さないこの行為に理由を求めることなど馬鹿げている。欲しいから。それだけでいい。
顔を背けた彼の視線の先を追う。視線の先、暗い窓は熱気で曇っている。
「見えないな」
二人同時に同じことを口にした。
その夜交わした言葉はそれだけだった。
2009/07/13