通された部屋の中は薄暗く、勧められた椅子に腰掛けるのもほとんど手探り状態だった。やけに豪奢な椅子に腰を落ち着けるのを見計らっていたかのように部屋の中央にぼんやりと光が当てられ、薄闇の中浮かび上がった「出演者たちの舞台」に、私は言葉を失い息を呑んだ。
ひときわ体格の良い男が、まるで椅子の代わりのように、膝の上に若い男を乗せて彼の膝の裏に手をいれ、大きく脚を広げさせている。
見事な金髪のその若い男は、身に着けているものは黒い革の首輪だけで、一糸纏わぬ弛緩させた身体を背後の男の胸に預けている。男の顔立ちは黒い布で広く目隠しをされているのでわからない。それでも、彼が薬か何かを飲まされているのは明らかで、意識があるのか無いのか、だらしなく開いた口から時折涎がぽとりと落ちて床を濡らす。
両腕を高く上げ、背後で支える体格の良い男の首の後ろに回された両手には、首輪と揃いの革製の手錠がかけられ、彼の自由を奪っている。
細い体躯ながら鍛えられた筋肉と白い肌のバランスが妙になまめかしく、知らず知らずのうちに私は唾を飲み込んだ。
隷属の証である黒い首輪は、本来の目的も失っていなかった。首輪には鎖が付けられていて、彼が頭を垂れると、傍らに立つ男が手にした鎖をぐいと引き上げ、彼の顔を上げさせる。そのおかげで、私たちは彼の顔を常に正面から眺めることができる。
大きく広げられた脚の間にはもう一人の男が、私たちの視界の邪魔にならないよう、そこ以外に無いという位置で跪いていて、若い男の萎えていたものを手に取りゆるゆると扱き出した。
ぐったりとしていた若い男が短い声を上げた。こんな状態でも理性が残っているのか、声を出すまいと下唇をぎゅっと噛んで、首を小さく何度も横に振った。
跪いた男は次第に手の動きを早め、先走りの雫で濡れた親指の腹で、鈴口をぐりぐりと押し開くように責め立てた。
跪いた男は若い男の尻の肉を両手で掴み拡げ、彼の後ろの窄まりの皺のひとつひとつを確かめるように、伸ばした舌をなすりつけ始めた。きつく閉じていたそこは次第に口を開き始め、舌がある程度入り込んでいくようになると、男は、尻を掴んだまま自分の方に引きつけて、一心不乱に、尖らせた舌で休みなく往復を繰り返した。
若い男の身体が、波打ち際に打ち上げられた魚のように跳ねるのを、体格の良い男が自分の両肘で押さえつける。若い男は、とうとう耐え切れず、掠れた喘ぎ声を漏らした。微かに、いやだ、と聞こえたそれは、男たちをさらに煽るだけで、跪いた男は、舌だけでなく己の指も添えてそこを嬲り始めた。
傍らに立つ男が、片手で鎖を引きながらもう一方の手ですっかり勃ち上がった己のものを取り出し、若い男の濡れた唇に押し当てた。
若い男は咄嗟に首を振って逃れようとしたが、傍らに立つ男は彼の顎をぐいと掴み口を大きく開かせ、再び己の猛ったものを捻じ込んだ。
むせ返りながら小さく首を横に振り喉の奥でくぐもった呻きをもらしていたが、傍らに立つ男が腰を動かし始める頃には、若い男も頬いっぱいに含んだそれに舌を這わせぐちゅぐちゅと淫らな音を立てて、自ら頭を前後に振り始めた。
若い男の痴態に目を奪われていた私だったが、三人の男たちの身体の異変に気づいた。跪いた男の舌は異様なほど伸び、体格の良い男の皮膚は、いつの間にか、鈍い緑色に変化していた。傍らに立つ男に到っては、背中から伸びた毛が逆立ち、口からは牙が見え隠れする。
私はようやく彼らが人外であることを悟った。昂奮のあまり、人の姿を保てなくなったのだろう。不思議と恐怖心は無く、それよりも、若い男が純粋な人間であるかどうかが気にかかった。
「彼は正真正銘、人間ですよ」
不意に心の中を見透かされたような言葉を寄越され、私は椅子からずり落ちんばかりに驚いた。
「楽しんでいただいていますか」
私は隣に座る、この座興の主催者である男の方を見た。いかめしい外見であったが、その低く穏やかに響く声を聞くと、何故か心が落ち着き安らかな気持ちになるのが不思議だった。
バロン王の名代としてやって来た黒い甲冑を纏った大男は、国王直属飛空艇団の新しい団長だと称した。昨今のバロンのやり方に不審を抱いていた私は、バロンとの同盟を解消する心づもりがあるということのみ伝えようとしたが、彼は「土産に、余興を楽しんで欲しい」と話を逸らした。他の話には聞く耳持たぬつもりだったが、目の前が一瞬霞がかかったようになり、私は知らぬ間に、それに同意していた。
「顔を見たいのだが」
目許こそわからないが、細く高い鼻梁、形の良い唇、バランスの良い輪郭からも相当な美貌の持ち主だとの想像は易い。
「残念ながらご意向に添えません。こう見えましても、彼は男娼ではなく騎士なのです。誇りがありますから」
私は彼の説明に納得し、感嘆の溜息をついた。バロンは世界一の軍事大国だ。当然、軍人も逸材揃いで、中でも騎士となれば、相当の人物であるはずだ。しかしそれならば、なぜこのようなことをしているのか。
その美貌故に白羽の矢が立った憐れな生贄なのか、あるいは、肉欲の奈落に身を落とした騎士の成れの果てなのか。
「触れていただいてもかまいませんが」
私は驚いて甲冑の男を見上げた。
「よいのか」
気の早い私は、既に腰を浮かせていた。
「ただし条件があります」
「何だ」
「こちらのクリスタルをいただきたいのです」
私は眉をひそめた。そしてこの男の、各地を脅かすバロン王の目的が、クリスタルであることを悟った。
「それが目的だったのか」
「お借りするだけです。用が済めば、お返しいたします」
借りるだけ。貸すだけ。私の心は揺れた。
沈黙。
答えあぐねる私の心を見透かしたように、甲冑の男は、ふっと息を漏らした。
「クリスタルを少しの間お渡しいただくだけで、彼を好きにしていただいて結構です。何なら差し上げても構いません」
思いもよらない男の言葉に、私は、彼の気が変わらないうちに、と逸る気持ちを抑えられず、焦って返事をしてしまった。
「わ、わかった。少しの間、貸し出そう」
「では、恐れ入りますが、自らお持ちいただけますか。極秘にしたいので」
それは私も同じことだった。少しの間とはいえ、国の宝であるクリスタルを欲望のために手放したと家臣に知られたくない。
「わかった。少し待っていてくれ」
私はそそくさと立ち上がり、部屋を出て、クリスタルルームへと急いだ。
クリスタルを懐に忍ばせ、息を弾ませて部屋に戻った私を、甲冑の男は慇懃に出迎えた。
私が席を外している間さらに化身が解けた男たちの姿は、もう魔物にしか見えなかった。
だが私には、奴らを顎で遣い誇り高い騎士をこのように淫らに扱うこの甲冑の男の方が、目の前の魔物たちより余程恐ろしかった。
私は彼にクリスタルを手渡した。自分の欲望の実現と引き換えに。
「ありがとうございます」
彼は受け取ったクリスタルを顔の高さに上げ、ぐるりと四方から眺めた後、配下の者に手渡した。さあどうぞ、と黒いマントを後ろに翻し、彼は腕を伸ばし掌を上にして、中央の舞台へと私を促した。
男たちのそばに近づくと、跪いていた魔物が私のために場所を譲り、傍らに立つ魔物は己のものを若い男の口から引き抜いた。さんざん嬲られた彼のそこは紅く色づき、魔物の唾液で濡れそぼっている。私は、どくどくと脈打つ血液の流れが一気に下腹に集まっていくのを感じた。まさかこの歳になって、再び男に欲情するとは思ってもみなかった。
私は下衣を脱ぎ己のものを取り出した。少し扱くだけでそれは充分な硬さにり、自分が若さを取り戻したようでそれに歓喜し、私はさらに高揚していった。
若い男の肌に触れてみた。しっとりと汗ばんだ白い肌は掌に吸い付くようで、私はその感触が楽しくて、鍛えられた彼の身体の柔らかなところを撫でまわした。
誘われるように彼の中へ指を入れた。慣らされたそこは私の指を難なく受け入れ、締め付け、引き込んでいく。さらに押し拡げるように内壁のざらつきを擦り上げると、彼は短い声を上げ腰を突き出し仰け反った。指一本でさえぎりぎりと食むようなその窮屈さに、私は矢も盾も堪らず、己のものをあてがい、一気に貫いた。
彼の身体は、その内部は天性のものなのか、何某かの訓練の賜物なのか、内襞が蠢き絡みつき私の性器を痛いほどに締め付ける。私はめまいにも似た感覚に身を震わせ、無我夢中で腰を打ちつけた。
彼の白い額は汗の粒が光り、ぎゅっと噛み締めた唇はぶるぶると震えている。腕を伸ばし彼の唇に触れると、条件反射のように、舌を伸ばし私の指を舐め上げた。
これは私のものになるのだ。誰に遠慮が要るだろうか。
私は黒い目隠しに手をかけ、それを引き剥がした。
ああ、想像以上だ……
眉根を寄せ、長い睫毛を震わせ、小さく開けた口で短い息を繰り返す、幼くも見える顔(かんばせ)の、なんと美しいことか。彼ならばいかなる神にも愛されただろうに、いまや邪神に魅入られ、劣情に駆られた男のものを受け入れ、身をしならせ喘いでいる。
私の下腹の疼きは痛いほどに脈打ち、心臓は跳ね、呼吸をするのも苦しくなる。
「目を、目を開けてくれないか」
私の言葉は届いたようで、彼はゆっくりと瞼を上げた。青い空色の眸。未だかつてこのような青を見たことがない。その美しい眸に映っている私の顔も、見たこともないような愉悦の表情を浮かべている。
私は心臓の痛みに胸を押さえ、昂奮のあまり乱れに乱れた息を整えるため深く息を吸ったが、目を閉じ大きく息を吐いた瞬間、頭の中で何かが弾ける音を聞いた。
薄らぐ意識の中、彼の姿を目に焼き付けようと力を振り絞って顔を上げた。
彼と目が合う。彼は笑っていた。その美しい微笑みは、慈しみの手を差し伸べる天使のような、私を奈落へ突き落とす悪魔のような、そのどちらにも見えた。
「命は生かしてやろうと思っていたが、老いぼれめ、自分で事切れたか」
黒い甲冑の男ゴルベーザは、若い金髪の男カインの身体に覆い被さったダムシアン王の身体を足蹴にして払い除けた。ごとり、と王の身体が床に落ちる。
「力づくばかりでなく、たまにはこんな方法もおもしろいだろう」
主の言葉に魔物たちはそれぞれ独特の笑い声を上げながら大きく頷いた。
「役に立ったぞ、カイン」
ゴルベーザはカインの湿った髪を素早く撫でた。名まえを呼ばれたカインは顔を上げ、虚ろな目をさまよわせ、主の顔を見上げた。
ゴルベーザが髪を撫でていた手で顎の下を撫でると、カインは首を伸ばし、黒い革手袋に包まれた主の指に軽く歯を立てた。
「そうか。物足りないか」
ゴルベーザは低い声で笑い、噛まれた指を動かしてカインの下唇をぷるんと弾いた。
「もうここに用は無い。行くぞ」
ゴルベーザが声をかけると、緑の肌のオーガもカインを腕に抱いたまま立ち上がった。他に先立ち一歩踏み出したゴルベーザが、ふと足を止め、後に続く配下の男に向き直る。
「一国の王の亡骸がこのありさまではみっともない。砲撃しておけ」
「慈悲深きゴルベーザ様の意のままに」
恭しくクリスタルを抱え頭を下げた配下の男の言葉に、ゴルベーザは、ふん、と鼻先で笑って黒いマントを翻し、一行を引き連れ座興の間を後にした。
2008/09/28