菓子より甘く

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 どこかで見た顔だがどこの誰なのか思い出せなくて、カインは訝りながら扉を細く開け、戸口に立つ男が口を開くのを待った。
「突然申し訳ありません。私、城下町で雑貨屋を営む者です」
 ああそうか。どおりで見た顔だ。
 合点がいったカインは精一杯の愛想笑いを浮かべ、何か、と扉を大きく開けた。
「こちらの旦那様からのご注文でうちの倉庫が溢れておりまして、突然で失礼かと思いましたが、お持ちさせていただきました」
 旦那様……
 カインは露骨に眉をひそめた。商人が客を敬って言う呼び方だとわかっていたが、どうにも気に障る。
 男はカインの眉間に寄った皺に気づくことなく、後ろに従えたチョコボから大きな箱を軽々と降ろし始める。
 店の倉庫に収めきれないほど一体何を買ったのか。家に持ち帰らなかったのは、自分に文句を言われると思ったからだろうか。
「中身は?」
「今日は、お菓子です」
「……」
 どちらに突っ込めばいいのだろう。カインは大きなため息をついた。菓子をこれだけ大量に買ったのか。「今日は」ということは明日も明後日もあるのか。
 すみません、と男は箱を抱えたままずかずかと家に上がりこみ、こちらでよろしいですか、とカインに尋ね、その返答も聞かぬうちに床に荷を降ろし箱を積み重ねていく。
「お菓子って……」
「お城で召し上がったのをたいそう気に入られたそうで、うちが納めているとお聞きになり、注文してくださったんですよ」
「そうか……」
 ああ見えて、ゴルベーザは甘い物に目が無い。菓子を常備する習慣の無いカインには、この大量の菓子を何日かけて消費するのか見当もつかない。カインは「邪魔だ」と嘆息し、男に気づかれぬよう、足で箱をそっと押し壁際に追いやった。
「『今日は』と言うことは……」
「一頭に積みきれなかったので、明日も伺います」
「……支払いは?」
「お城につけておくようおっしゃいましたので、結構です」
 男は会心の笑みをカインに向けた。
 またか。彼だけでなく弟も兄には甘いことだ。
「城の会計に断っておくほうがいいんじゃあ……万が一……」
 大丈夫です、と男はカインの言葉を遮った。
「陛下と一緒にお越しになり、いろいろ選んでおられましたから」
「そ、そうか。余計なことを言った。気にしないでくれ」
 大の男が二人、雑貨屋で仲睦まじく菓子を物色する姿を想像してカインはまた嘆息した。
「受け取りのサインをいただけますか」
 男の言葉に顔を上げ、彼の差し出したペンを受け取り受領書に渋々サインをする。男は書かれたサインを見て目を見張り、カインの顔を好奇心に満ちた目で見上げてきた。
「……ハイウィンドさん? あの竜騎士の、あなたが……」
 カインは表情を変えずに男を見下ろした。
「よく間違われる」
「……失礼致しました。それではまた明日、いまごろの時間に伺います」
 さすがに客商売に長けた男は、カインの顔色から、それ以上の言及を望んでいないことを正確に読み取ったらしく、後片付けを手早く済ませ、深々と頭を下げたのちチョコボに跨り帰って行った。
 カインは箱を納戸に片付けようとしたが思いとどまり、そのまま放置して居間へ戻った。


「あんなところに荷物を置いていたら邪魔だろう」
 ゴルベーザは帰宅するなり、長椅子に寝そべり本を読んでいたカインに苦言を呈した。カインも本から視線を外さずぶっきらぼうに応える。
「今日、町の雑貨屋から届いた。俺は知ら――」
 カインの言葉を待たずゴルベーザはそそくさと出入口に戻って行った。慌しい足音とべりべりと包装を破る音にカインは嘆息し、椅子から立ち上がりゴルベーザの許に寄った。
「菓子って?」
 カインが非難を込めて問うと、見ろ、とゴルベーザは開けた箱を、中を見易いように、少し傾けた。そこにぎっしりと詰められた菓子よりも、玩具を買い与えられた子どものように誇らしげな、主従のときには想像もし得なかった彼の表情に目を奪われ、言葉に詰まりカインは顔を背けた。
 常に兜を脱がなかったのは正解だな。自覚があったのだろうか。こんな表情を見せていたら、部下たちへの威厳は五割減だっただろう。カインは笑みが漏れそうになるのを堪え、無表情を装った。
「……買い過ぎ」
 カインがぽつりと呟くと、ゴルベーザは、美味いぞ、と言いながら箱の中から一つ取り出してカインに手渡した。ぼんやりと菓子の包みを眺めていたカインは、そこに書かれた文字を見るや顔をしかめた。
「『QUEEN OF QUEENS』? 王妃の中の王妃、何だこれ。これが名まえ?」
「セシルの妻の案を取り入れ商品化したら売れに売れたそうだ。才覚があるようだな」
「いいかげん、名まえで呼べよ……」
 カインは呆れたように呟いたが、甘い物を共通の話題に彼とローザの仲が気の置けないものになればそれに越したことはないと思い直し、笑顔を取り繕った。
「食ってみろ」
 ゴルベーザは別の包みから菓子を一つ取り出し、顔の前で掲げた。小さな立方体の焼き菓子に、いかにも甘そうな蜜が絡み付き、彼の指まで汚しているのを見て、カインは胸の前で片手を振った。
「俺はいい。見てるだけで胸焼けしそうだ」
「文句は食ってから言え」
「……」
 それもそうだ、とカインは観念し、ゴルベーザの隣に屈みこんで顔を寄せ顎を突き出し、彼が摘んでいる菓子を上下の歯だけで咥えた。彼が菓子から指を離す。カインはそれを恐る恐る舌の上に落とし、ゆっくりと噛み締める。
「……!」
「どうだ」
 菓子からも蜜が沁み出し、ただひたすら甘く、味などわかったものでない。こめかみにキインという音が響き、歯の根が弛むような、咥内に薄い膜が貼りつくような異物感に手で口を押さえ、かあ、とえずいた。甘い物が苦手なことを差し引いてもこれは尋常な甘さではない。
「ごめ……無理!」
 カインは片手で口を押さえたままどたばたとキッチンへ駆け込んだ。甘い菓子の残滓を吐き出し口をすすぎ、冷たい水をがぶがぶと飲んでようやく一息つく。
 これが売れに売れているだって? バロンは皆どんな味覚をしているんだ。

「歯が溶けるかと思った……」
 タオルで口を拭いながらカインはゴルベーザの許に戻った。口の中がまたがさがさと痒い。蜜がねちゃねちゃと上顎の裏にこびりついているようで、何度も咳払いをして唾を飲み込んだ。
「あんなもの、よく食えるなあ。味なんてわかりゃしない」
 ひとの好物を貶(けな)すことにうしろめたさはあったが、二度と口にしないためには言い過ぎぐらいでちょうどいい。
「ナッツが入ってたみたいだけど、風味も何もあったもんじゃない。ねちゃねちゃして歯応えも悪いし、カロリーも高そうだし、歯にも悪そうだし、言いたくないけど、ローザのセンスを疑う」
 歯に衣着せぬ物言いをして、なんとなくすっきりして短く息を吐き、タオルで顔を覆いちらりとゴルベーザの顔を窺い見る。予想と違い、彼はカインの雑言に気を悪くするどころか口許に笑みさえ浮かべ、納品書を片手に菓子の数を数えている。
 相手にしていないな。
 カインは眉をしかめた。好物が届いたことでよほど機嫌がいいのか、いまなら何を言っても赦されそうな気がして、もう気は済んでいたが、さらに悪し様に言ってやろうと意地悪く笑ってから口を開いた。
「女、子どもはともかく、大の男が――」
「ひと口で食うものじゃない。少しずつかじって味わうものだ」
 思いがけない言葉にカインは唖然とした。微量ならばあんな目にあわなかったはずだ。
「それならそうと、言ってく――」
「おまえがさっさとかじらないからだ」
 あくまでも自分が不注意だったということか。
 カインは不満も顕わに口を尖らせ、ゴルベーザを軽く睨んだ。
「……怒らないんだ。さっきから俺が散々言ってるのに」
「怒る? 独り占めできるとはっきりわかったのに、何を怒ることがあるのだ」
「……」
 何を言っても動じない彼と比べ自分の言動が子どものように思えて、カインは羞恥に頬を染め、もういい、と踵を返し居間に戻った。


「何を拗ねている」
「拗ねてない」
 カインは開いた本で顔を隠したまま、見下ろしてくるゴルベーザに応えた。
「『独り占め』は言い過ぎた。おまえにもやる」
「……なあ、わざと?」
 本を少し下げゴルベーザを見上げると、彼はわずかに眉を寄せ、何がだ、と少し首を傾げた。どうやらからかいではないらしく、本当にわかっていないようだ。自分の考えていることはいつもお見通しだったのに、平穏な暮らしで勘が鈍ったのだろうか。
 カインは本を閉じ、大きなため息をついた。ゴルベーザと目を合わせ敢えてゆっくりとした口調で告げる。
「俺は一口たりとも要らない。甘過ぎる。一人で食って勝手にデブれ。それと、あれ食った直後のキスは禁止。絶対」
「私が太ってもいいのか。若いのに寛容だな」
「……そこじゃなくて」
 カインは本を胸に置き両手で顔を覆い、ああ、と大げさに嘆いた。時折感じる「ズレ」はできるだけ楽しもうと心がけているが、どうにも苛立つこともある。これは年齢差による意見の相違か、育ってきた環境の相違か。いや、そんな大仰なことではない。これは単なる個人の見解の相違で、お互い少しずつ歩み寄って埋めていくごく浅い溝に過ぎない。
 もう一度ちゃんと言ってみよう、と腹を決め顔から両手を離すと、前触れも無く、突然口付けられた。カインは条件反射のように口を開ける。少し絡めただけですぐに去ろうとした彼の舌をやわらかく噛む。互いに喉の奥でくぐもった笑いを漏らし、再び舌を絡め合い、唇を離した。ゴルベーザは片手でカインの上気した頬を包み、濡れた唇の端を親指で軽く吊り上げた。
「一つ食ったあとだが、どうだ」
「……思ったほどじゃない」
「では、前言撤回してもらおうか」
 にやりと笑うゴルベーザに釣られて笑みが零れる。彼が言うように、キス一つで機嫌が直ってしまう自分はやはり単純なのだろう。
 カインは見下ろしてくるゴルベーザに視線を合わせて微笑み、小さく息を吸い込んだ。
「では。太らないように量には気をつけてください。それと、直後のキスも許可します」
 からかい交じりに告げて長い睫毛を震わせ目を閉じ再び与えられる口付けを待っていたが、なかなか唇が触れないことに焦れて目を開けた。ゴルベーザは顔を背け窓の外に目を向けている。
「何」
「セシルが来るな」
「え……」
 眉をひそめたカインの耳にも飛空艇のエンジン音が聞こえてきた。一昨日来たところだろ、とカインは辟易してこめかみを擦り、大きく嘆息した。それでもまだ時間はある。気を取り直し続きを催促してゴルベーザの腕を引いたが、心ここにあらずで窓の外を眺めている彼に我慢できず、もういい、と身体を起こし椅子から立ち上がった。
 あれを山盛り食わせてやる。
 心中でそう呟いてキッチンへ足を向けたカインに、ゴルベーザが声をかける。
「セシルも好物だから、皿に盛っておいてくれ」
「……わかってるよ。甘党兄弟」
 カインは両手を広げ掌を上に向け、やれやれ、とわざとらしいほどに肩をすくめキッチンへと消えた。

 兄弟、夫婦共センスを疑う。
 ぶつぶつと文句を言いながら湯を沸かす準備をするカインの背後に、ゴルベーザがすっと寄った。細い腰に手を掛け、動じる素振りのないカインの肩に顎を乗せ、低く穏やかな声で耳許に囁く。
「菓子よりも甘い物は、おまえが持っている」
「……おやじ臭い」
 使い古された表現に思わず毒づいたが、悪い気はしない。頬が火照り笑みが零れそうになるのを俯いて堪え、あれ持ってきて、と彼に素っ気無く告げた。
 すごすごと菓子を取りに行ったゴルベーザの背中を見てカインは、ほんの微量なら一緒に食べてもいいか、と思い直し、ポットにいつもより多目に茶葉を放り込んだ。







2009/07/27
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