金の王子と銀の王子

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 昔々ある国にそれは美しい双子の王子がいました。双子でありながら兄の髪は金色に輝き、弟の髪は銀色に煌いていたので、人々は兄弟を「金の王子」「銀の王子」と呼んでいました。


 王子たちの母である王妃は既に亡く、父である国王は、王妃との婚姻の前に成した子を失っていたので、兄弟をたいそう可愛がりました。父王の深い愛情を受けて、美しくも勇壮で人々からの信頼も厚く立派に成長した兄弟は、国王の自慢の息子たちでした。


 そんな幸せな国王にも悩みがありました。兄弟が十八歳の誕生日を迎える日までに、跡継ぎを決めなければならなかったのです。国王は悩み苦しみました。二人とも分け隔てなく育てた息子たち、どちらにも決められなかった国王は、あまりの悩みの深さに心が耐えられず、亡くなってしまいました。


 突然の父王の死に、双子の王子はたいそう嘆き悲しみました。悲しみの果てに、二人はそれぞれ「自分さえいなければ、王は死なずにすんだのに」と思うようになりました。

 跡継ぎを指名せずに国王が亡くなったため、二人の王子のそれぞれの側近たちが、我が王子こそ王位にふさわしい、と声を挙げ始めました。やがて彼らが派閥を組み反目しあうようになるのを、若い王子たちはどうすることもできませんでした。


 そんな国内の混乱に乗じて、同盟を結んでいた隣国が突然侵攻してきました。主な部隊を前線に送っていたため、手薄になっていた城はあっという間に包囲され、陥落寸前でもう成す術もありませんでした。

 二人の王子は、家臣たちの職を解き城から逃がすと、ごくわずかな側近だけを伴って、最後の話し合いをすべく王の間に集まりました。


「ここはもう長くない。これを持っておまえは母君の郷へ逃るんだ」


 金の王子は、即位に必要な「王の証」を弟に押し付けました。


「おまえはどうするんだ。まさか」


 銀の王子が兄に詰め寄ると、彼は素早く弟の腹に当て身を喰らわせました。


「な……カイ――」


 銀の王子はその場で崩れ落ちました。彼の側近が慌てて駆け寄ろうとしましたが、金の王子が気を失った弟をしっかりと抱き締めるのを見て、足を止めました。金の王子は名残惜しそうに銀の髪に口付けてから、弟の側近に言いました。


「さあ、早く。これを持ってこいつを連れて母君の郷へ。そしていつの日か、こいつが再び国を興そうとするときには、力を貸してやってくれ。頼む」
「金の王子……」


 反目していたはずの銀の王子の側近は、金の王子の言葉に涙しました。


「お任せください。命に代えましても」


 彼は銀の王子を肩に担ぎ、金の王子に何度も頭を下げて、王の間を後にしました。


「おまえも行くんだ」


 金の王子の側近は、首を横に振って泣きじゃくっていましたが、やがて後ろ髪を惹かれるように何度も振り返りながら、部屋を出て行きました。


 一人残された金の王子は、遠慮がちに玉座に腰を下ろしました。外からは敵軍の気の早い勝ち鬨(どき)が聞こえてきます。
 敵の手に落ちてまで生き延びることよりも、両親の愛したこの国と共に滅ぶことを選んだ金の王子は、意を決して立ち上がり、腰に下げた剣をゆっくりと引き抜きました。


 そのとき、カツンカツンと軍靴の音が響いてきました。敵が侵入してくるには早すぎる、と訝った金の王子が入口を見やると、そこに抜きん出て長身の男が現れました。


「ゴルベーザ……なぜここへ? 逃げ遅れたか」


 現れた男ゴルベーザは「黒い将軍」とあだ名される国いちばんの剣の使い手であり魔法の使い手で、戦に出れば連戦連勝の、国が誇る優れた軍人でした。二人の王子の側近たちは、先王の信頼も厚かったこの将軍を味方に引き入れようとしましたが、彼はどちらの誘いも断り、中立の立場を守っていたのでした。
 その彼がいまこのときにここに現れたことは、金の王子にとって不可解この上ないことでした。

 金の王子の目前まで進み出た彼は跪き、恭しく礼をして言いました。
 
「お供いたします」


 突然の申し出に金の王子は目を丸くして驚きました。


「何故だ。あんたほどの腕ならば、どこでも引く手あまただ。滅び行くこの国のために命を棒に振ることもあるまい」


「あなたこそが我が唯一の主君だからです」


 金の王子は眉をひそめました。これまで一度だって彼はそんな態度を示したことがなかったからです。
 
 敵軍が火を放ったようで、部屋の外からぱちぱちと木が爆ぜる音が聞こえ、煙の臭いがし始めました。


「共に逝こうとするのは、臣下としてか? 庶兄としてか?」


 黒い将軍は双子の王子にとって妾腹の兄にあたる人物でした。若かりし頃の先王が、旅回りの一座の娘と恋に落ち、その間に生まれたのが彼でした。身分違いの恋は赦されるはずもなく、若い二人は泣く泣く別れ、娘は赤子を連れて国を出て行きました。
 その十年後、先王は、母を亡くしひとりぼっちになった彼を手許に引き取ろうとしましたが、彼はこれを丁重に辞退し、代わりに臣下に身を落として王を守ることに忠誠を誓ったのでした。


 双子の王子がこの事実を聞かされたのは十歳を過ぎた頃でした。銀の王子は、それまでと同じように、それ以上に屈託なく彼と接することができましたが、金の王子にはそれができませんでした。銀の王子が彼を「兄さん」と呼ぶことさえ、不愉快に思っていました。
 そんな事情から、金の王子と黒い将軍は不仲とされていたのでした。


 金の王子の言葉に、将軍は手にしていた兜を床に置いて立ち上がりました。そうして、長い足で一歩大きく踏み出すと、長い腕で王子をしっかりと抱き締めました。
 王子の手から滑り落ちた剣が音を立てて床に落ちました。身動きもできないほど強く抱きすくめられ、王子は声を上げることもできませんでした。将軍の硬い甲冑越しでも、自分の心臓の脈打つ音が彼に伝わりそうで、王子は目を閉じ、なんとか落ち着こうと深呼吸しました。


 将軍は黙ったまま何も言いませんでした。王子は、もし自分が声を出せば、将軍はきっとこの抱擁を解いてしまう、と思いました。そう思うと、ますます何も言えなくなる自分は、いまこの瞬間をずっと待ち望んでいたのだと気づきました。


「私は……」


 将軍が口を開いたので、王子は、一字一句聞き逃すまいと全身を耳にしました。 


「一人の男としてずっと、ずっと愛しく思っていた。ずっとこうしたかった」


 将軍は飾り気のない自分の言葉で積年の思いを打ち明けました。それに胸を打たれた王子は、返事の代わりに、将軍の背中に腕を回しぎゅっと抱き返しました。将軍は驚いて王子の顔を見下ろしました。
 王子は震える声で言いました。


「いつも守ってくれていたな」
「はい」
「俺はあんたのことが大好きだった。たくさん遊んでくれたし、いろんなことを教えてくれた。剣も槍もあんたから教わった。だから半分血の繋がった兄だと知ったとき、それまでのいい思い出までもが否定された気がしたんだ」


 将軍は表情を変えず、王子の言葉を聴いていました。
 
「あいつみたいに『兄さん』なんて呼べなかった。兄だと思ったこともなかったけどな」


 将軍は険しい顔をして王子を抱いた腕の力を強め、重いため息をつき、意を決したように言いました。


「私にとっての弟は、銀の王子だけです」


 金の王子は顔を上げ、眉をひそめ、将軍の顔を見つめました。


「……銀の王子……セシルを産んだのは、私の母なのです」
「何っ!」
「あなたたちは双子ではないのです」


 突然の告白にその衝撃に、王子の身体は崩れ落ちそうになりました。支えようとする将軍の腕を振り払い、王子はよろよろと一歩踏み出しました。


「せ、説明しろ。どういうことだ」
「……私の母はセシルを産んだ後の肥立ちが悪く、亡くなりました。生まれたばかりの弟を抱え途方に暮れていた私を見かねて、産婆が陛下、先王に知らせてくれたのです。先王は私たちを引き取ろうとしましたが、私がそれを断ったので、先王はセシルだけを、その二週間前に生まれたあなたの双子として育てることにしたのです」
「……そ、それでは母君が余りに……」
「実はあなたは本当に双子の一人として生まれたのですが、一人は生まれてすぐ亡くなってしまったのです。悲しみに暮れていた王妃にとって、弟はその子の生まれ変わりのように思えたのかもしれません」
「何てことだ……そりゃあ違うはずだ……顔も、髪も……」


 王子は額を手で押さえ、何度も首を横に振りました。


「なんで言ってくれなかったんだ……もっと早く知っていたら、俺はもっと王位を主張して、あいつを自由にしてやれたのに。俺が強引に言い張れば、父君も死ぬほど悩むこともなかったのに」
「王も王妃も、分け隔てなくあなたたちを育てられた。金の王子こそふさわしい、と私に言えるはずがなかった」
「……このことを知ってるのは?」
「大臣だけです。産婆はもう亡くなっています」


 王子は、そうか、とため息をつき、将軍に背中を向けました。
 ぱちぱちという音はさらに大きくなり、柱の崩れる轟音が響き始めました。
 大きな息を吐いて王子は振り返り、先ほどまでのうろたえた様子ではなく、毅然とした態度で将軍に向き合いました。


「……最期の頼みをきいてくれるか」
「よろこんで」
「黒煙が満ち炎がこの身を覆うまで俺をしっかりと抱いていてくれ。死の恐怖に震えるこの身体を支えていてくれ」


 将軍は長い腕を伸ばし、無言で王子の身体を抱き締めました。彼は王子の金の髪に、愛しそうに何度も頬ずりしました。


「金の王子、私は……」
「俺の名まえ、よく知っているだろう」
「……カイン……愛している」
「俺も、愛してる」


 二人は見つめ合い、王子は首を僅かに傾げて瞼をゆっくりと下ろし、無言で口付けを請いました。
 一つに重なった二人の影は、やがて城が崩れ落ち最期のときを迎えても、決して離れることはありませんでした。








2008/10/13
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