頼りなく若い日々

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 カインはとても危なっかしい。とても見ていられないときがある。勇猛と無謀は違うんだよ、と彼のプライドを刺激しないように十分留意して諭したこともあるけれど、彼はいつも僕の忠告など意に介さず「わかった、わかった」と面倒くさそうに受け流すだけだった。

 ある日、トロイアとの国境近くの村が魔物に襲われ家畜に被害が出て、そこの村長から魔物退治を依頼する嘆願書が城に届けられた。陛下は、その内容からたいしたヤツではないと判断されたからなのか、討伐隊は士官学校に在学中の若い兵士たちの中から選抜、編成された。僕とカインも選ばれた。
 出征の前夜、僕は昂奮してなかなか寝付けないでいたのに、同室のカインは、とっくにすやすやと寝息を立てていた。こんなときに普段と変わりなくしていられる彼を頼もしく思うと同時に、彼のその豪胆さに不安を憶え、僕はますます眠れなくなった。
 そしてその不安は的中した。到着した村で罠を張り魔物を捕らえる、という単純な作戦が成功したかのようにみえたときだ。僕たちは魔物を取り囲んだが、ヤツは罠ががっちり食い込んだ足を自ら食い破り、突然背中から生えた翼を羽ばたかせ舞い上がり、咆哮を響かせながらねぐらである山へ向かって飛び去ってしまった。

 僕たちは慌てて後を追った。切り立った岩場でヤツに追いついた僕たちの隊だったが、足場の悪さのため馬を降りねばならず、上官は、これ以上の深追いは危険であると判断し撤退を指示した。隊員たちにざわざわと動揺が走る中で、不甲斐なさと歯痒さに俯いた僕の脇から、すっと人影が動いた。
「俺が行きます」
 カインが上官の前へ申し出た。その声を聞き、僕も列を掻き分け前に出てカインの横に並んだ。
「僕も行きます!」
 カインは小さく舌打ちをして、僕の胸の前にすっと腕を伸ばし逸る僕を制した。
「俺ひとりで行きます」
「ならん。ここは一旦退く。城へ要請を出し竜騎士団の到着を待つのだ」
「手負いの魔物を放っておくと危険です。ヤツは人間を憎んだ。被害は家畜だけですまなくなります」
 カインの言っていることは正しかったが、上官も指示を出した手前譲ることはできない。二人の対峙を皆固唾を呑んで見守った。
 竜騎士の家に生まれたカインは、幼い頃から団長である父親に厳しく仕込まれて育った。天賦の才と彼の努力の結果、いま現在正規の竜騎士たちの誰よりも優れているであろうことは皆の知るところだったけれど、軍として規律を乱すわけにはいかないのだ。 
 上官たちがごそごそと相談をし始めた。それを待つ間、僕たちは、ひとりでいい、僕も行く、と押し問答を続けていた。
「セシル、おまえには無理だ」
 はっきりとそう言われ、僕も頭に血が上った。
「僕が足手まといになるとでもいうのか!」
 カインは僕の両肩に手を置き、駄々っ子を諭すようにゆっくりと言い聞かせた。
「いいか。ヤツのあの傷ではおそらく立っていられない。だから空中から俺たちを狙うはずだ。空中で俺以外戦える奴がいると思うか?」
「だったら僕が地上でヤツを引きつける。その隙におまえが空から叩くといい」
 彼は首を横に振った。
「危険な目にあうのは俺ひとりでいい。俺とおまえ、二人にもしものことがあってみろ。隊長のクビが飛んでもいいのか?」
「……」
 僕は答えに窮した。被害を最小限にすることは上官の務めの一つでもある。理解はできるが、納得できなかった。
「やっぱりだめだ! 危ないとわかってるのにどうしてなんでもひとりでやろうとするんだ!」
 カインはぷいっとそっぽを向き、ぼそりと呟いた。
「自信が無いのに自分から願い出たりするか」
 おまえにはわかるだろう、 と言外に言われたような気がして僕は黙った。彼の腕を信じていないわけではない。信じる気持ちと心配で堪らない気持ち、どちらも同じくらい僕の中でぐるぐると螺旋を成していた。
 ようやく意見がまとまったらしく、隊長がこちらへやって来た。
「カイン。五分で戻って来い。戻らなければ、我々は山を降りて援軍を要請する」
「了解」
 敬礼をしたカインは背中に下げた剣を抜き、僕たちに見せ付けるように、ぐるぐると派手に回してから構えの体勢を取った。そして剣を収め、ニ、三度屈伸をして準備運動をした。
 隊長は僕の名を呼ばなかった。自分の我を通してこれ以上時間をとらせてはいけないと思い、僕は随行することを諦めた。
「気をつけろよ……」
 僕が祈るような気持ちで声をかけるとカインは、おう、と威勢良く返事をした。
「がんばれよ!」
「死ぬなよ! カイン!」
 誰かが物騒なエールを送る。ジャンプの体勢に入っていたカインが、口の悪いそいつの方を見やり吐き棄てるように言った。
「童貞のまま死んでたまるか」
 緊張の糸が一気に解けどっと笑いが起きた。待ってな、と言い残してカインは高く飛び上がり、狭い岩場をぴょんぴょんと跳ね上がっていく。残された僕たちは、惚れ惚れするような見事なジャンプをただ呆然と見上げていた。

 カインはちょうど五分で戻ってきた。下山の準備を始めていた僕たちは彼の帰還に喜びざわめき、彼の周りには大きな人垣ができた。彼の右手には魔物の首がしっかりと握られていた。意外に重いぜ、と笑った彼の表情は兜に隠れてほとんど見えなかったけれど、その声音に疲労の色が混じっていることに気づいた僕は、大慌てで彼の許に駆け寄った。大丈夫だったか、と声をかけようとしたそのとき、カインは突然膝をつき、ばったりと倒れた。

 外傷はほとんどないのにカインは目覚めない。ふもとのテントで待機していた救護班の白魔道士にもお手上げだった。城に戻れば上級魔道士の手当が受けられるので、上官たちはさほど気にしていない様子だった。
 僕はずっと彼に付き添っていた。なぜ一緒に行かなかったのか、と後悔の念にさいなまれ、彼の手を握りずっと名まえを呼びかけていた。
 翌朝、カインを担架に乗せ、僕たちはバロンに向けて出立した。

「セシル、おい、セシル」
 枕もとの丸椅子に腰掛けたままうとうとと眠ってしまっていた僕は、名まえを呼ばれ跳ね起きた。目を凝らすと、臥したままのカインが目を開け、僕をじっと見つめていた。バロンに戻って二日目、カインは突然意識を取り戻した。

「そんなところで寝てると風邪ひくぞ」
「お、おまえこそ心配かけやがって!」
 うれしくて思わず彼に覆いかぶさって抱きしめた。気分はどうか、痛むところはないか、矢継ぎ早に問いかける僕を軽く抱き返しながら、カインは、心配しすぎだ、と笑った。
「おまえだって僕の身を案じたから一緒に行かせなかったくせに。心配性は一緒だろ。信じていることと心配することは別だろ。親友が危険な目にあうかもしれないのに、平然と見守ってるなんて僕には無理だ」
 僕がずっと考えていたことを一気に吐き出すと、彼は僕の身を離し、少し考え込むようにして小首を傾げた。
「アイツ、あの魔物だけど」
 僕は大きく頷いて彼の言葉の続きを待った。
「あれと同じタイプの魔物と戦ったことがあったから、知ってた。あれは人の精神に来るんだ」
「『精神に来る』?」
「人の悩みにつけこんで魂に傷をつける」
「……だから外傷が無いのに目覚めなかったのか……」
「この様子じゃ、多少やられたんだろうな、俺も。ま、悩み深いおまえに比べたら軽症ですんだはずさ」
「……知ってたのか」
「おまえのことなら何でも知ってる」
 僕の懊悩を見透かされていたこと、彼に知られていると気づいていなかったことを恥じて僕は俯いた。

 兵学校を卒業すれば、父を越えることを目標としているカインは、志望通り竜騎士団に配属されるだろう。一方で、僕は確固たる目標を持てず、悶々としていた。陛下に育てられたとはいえ、孤児の僕は、いつまでもその庇護に甘えていられない。僕を蔑み妬んだ人たちが僕を持て余していることも肌で感じていた。このままではいけない。今以上これ以上僕は努力しなければいけない。誰にも有無を言わせない、誰もが納得する力を身につけなければいけない。僕は焦っていた。
 ある日僕は思い切ってそれらを陛下に打ち明けた。僕の話を黙って聞いていた陛下だったが、ずっと考えていたことなのだが、と沈痛な面持ちで切り出した。陛下が告げた内容は、驚くべきものだった。

「暗黒騎士か……悩むところだな」
「うん」
 俯いたまま小さな声で返事をした僕の腕をカインが突付いた。
「そんな様子じゃひとたまりもなかっただろうよ」
 僕を戦わせなかったのは自分の英断だと言わんばかりにカインはさわやかに笑った。
「どうしたらいいんだろう……」
 たとえ親友相手でも相談するつもりはなかったのに、つい口に出てしまった。彼は笑いをやめ、顎を少し引き険しい顔つきで僕を見た。
「俺は何も言わないし、言えない」
「……そうだよな。すまん」
 自分で自分が情けなくて居たたまれなくなり立ち上がろうとした僕の腕を、カインがぐいっと掴んだ。
「ひとつだけ言えることがあった。暗黒騎士になろうが魔剣士になろうが、おまえは俺の親友に変わりない。そういうこと!」
 そう言い放ってカインはシーツを被り、僕に背中を向けた。僕は胸がふわっと温かくなって落ち込んでいた気持ちが浮き上がってくるのを感じた。
「ありがとう。カイン……」
「俺は……焦ってたんだ……」
「え」
 シーツ越しのくぐもった声を聞き逃さないように、僕はいっそうカインの許に寄った。
「おまえが暗黒騎士になることがいいことか悪いことか俺にはわからない。もしなったら、おまえは最強の騎士になるだろう。そう思って、俺はちょっと焦ってたんだ」
 無茶でバカに見えただろ、とカインは自嘲して笑った。 
 僕たちは互いを心配し、互いに焦ってやきもきして……
 目頭がじんわりと熱くなった僕は、これ以上彼の前で醜態を晒さないために、今度こそ席を立った。
「もう行くよ。ドクターに、起きたらすぐ知らせてくれ、って言われてたんだ」
 カインは背中を向けたまま、おう、と短く返事をして、肩越しにひらひらと手を振った。暗くなり始めた部屋に浮かぶ彼の長く白い指がいつになくほっそりと見えて、あの華奢な手で剣を握るのだ、と考えると何故か胸が熱く苦しくなって、じゃあ、とベッドのそばを離れた。


 医務室を出て長い廊下を渡りテラスに出た僕は、薄紫の空を見上げ、一番星を探した。
 願いごとは決まっている。
 どうか、どうかいつまでも互いに背中を預け剣を振れる仲であるようにと。








2008/02/10

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