「手加減するなよ」
「いいの? 後悔するわよ」
「いいですかー? 始め!」
審判役を兼ねたマグの合図に、カインとバルバリシアは戦闘体勢に構えた。
ここはゾットの塔の屋上。駐機された偵察用の小型飛空艇の間を縫った決して広いとはいえない場所で手合わせすることが、彼らの日課になっていた。
風のバリアを纏ったバルバリシアを、カインは高いジャンプから急降下し、真上から叩く。怯んだバルバリシアがバリアを解き攻撃体勢に入ると、カインは再びジャンプする。何度もその繰り返し。彼女の攻撃は、カインにまるで当たらない。リズムよくジャンプを繰り返していたカインだったが、そのテンポのよさが仇になった。バルバリシアは既に自らバリアを解いており、真上から落ちてくるカインにまともにかみなりを喰らわせた。空中でダメージを受けたカインはバランスを失い、咄嗟に受身の姿勢をとったにもかかわらず、無様に背中から落ちた。
慌てたマグが豊満すぎる身体を揺らしながら、地面に背中をしたたか打ちつけ呻いているカインの許に駆け寄った。
「まだだ、マグ! まだいい!」
必死に訴える声を無視して、マグはカインに回復魔法をかけた。
「ストーップ! 勝負ありですー!」
マグは、肩で息をしているバルバリシアに向かって大きな声で叫びながら、頭上で両腕を交差させた。
「マグ。おまえ、俺のときにかけるのが早過ぎる」
一瞬にして負傷から回復したカインは身体を起こし立ち上がり、マグの顔の前で指先を突きつけた。真剣勝負の修練とはいえ後の実戦に響くような負傷を残すわけにはいかない。そこで「マグを立ち会わせ、彼女が先に回復魔法をかけた方が負け」、そんなルールを二人は課したのだった。
「マグに感謝こそすれ怒るなんて筋違いよ」
自分もマグに回復魔法をかけてもらいながらバルバリシアがカインをたしなめた。
「勝機は俺にあった。あと一突きで勝負がついたのに、おまえが」
「だって、回復が遅れてあんたにもしものことがあったら、あたしが怒ら」
「とにかく、次はもっと公平に頼む」
口を尖らせるマグの肩をぽんと叩いてから、カインはバルバリシアに向き合った。
「これで五分だ。わかっただろ。おまえのバリアは俺には効かない」
「次もいただくわよ。あんたの弱点はもうわかってる」
「おまえにとって俺は相性が悪いんだ。俺にとってはいいんだがな」
槍の穂先を手でごしごしと磨きながら、カインはほくそ笑んだ。
「意味深ね」
「考え過ぎだ」
「探したぞ、カイン」
突然響いた声に驚き、三人はピシッと背筋を伸ばして声の主の方を振り返り、整列して深々と頭を下げた。彼らのところまで歩を進めたゴルベーザは、カインの前で立ち止まった。
「私の部屋へ」
「はい」
黒いマントを翻し踵を返すゴルベーザの後にカインも続いたが、足を止めて振り返り、小さな声でマグに声をかけた。
「これは治せないのか」
これ、と先ほどバルバリシアに打たれたかみなりのせいでところどころ焼け焦げ穴があいてしまった甲冑を指差す。
「そんなの無理」
マグもひそひそ声で応える。
もっと精進しろよ、とさらに小さな声で呟いて、カインは小走りにゴルベーザの後を追った。
「すごいわね。呼び出しも使わず自ら探しに来られるなんて……」
「バルバリシア様ー、あいつ、あたしに文句言い過ぎですー」
二人が屋上を去った後、顔を上げたマグは、また口を尖らせた。
「かわいいじゃない」
「バルバリシア様はあいつに甘過ぎますよー」
「だっていい男じゃない」
長い髪を掻き上げながらうっとりと舌なめずりする女主人を横目に見て、マグはやれやれと小さなため息をついた。
主の部屋は、近代技術の粋を集めたゾットの塔内にあるとは思えないほど前時代的な造りの部屋だった。ゴルベーザは、普段彼が執務する机の向こうの大きな椅子に身を沈めると、向かって右側の壁に向かって軽く顎をしゃくった。その動作を「開けろ」の意味に正しく理解したカインは、そこに設えられたキャビネットの扉をそっと開けた。
「あ……」
その中にあるものを見て、カインは驚きの声を上げた。
「おまえのものだ」
「俺、私に……」
カインはその中の一つ、竜を象った兜を手に取りしげしげと眺めた。
「軽い……ミスリル?」
軽く耐久性の高いミスリル製の防具一式がキャビネットの中に収められていた。兜、甲冑、篭手、盾。深い藍色はカインの大好きな色で、それぞれに竜の模様のすばらしい意匠が施されている。
「ありがとうございます」
主の心遣いがうれしくて、カインは声を弾ませ礼を言うと、深々と頭を下げた。
「装着してみろ」
「はい」
ゴルベーザの言葉にカインは兜を脱ぎ、首を二、三度振って顔にかかる長い前髪を払った。
本番戦闘さながらの修錬直後の昂奮冷め遣らぬためなのか、主からの思わぬ贈り物に喜びを隠せないためなのか、頬はピンクに色づき、空と同じ色の眸はいっそうきらきらと輝いていた。
篭手と革手袋を外し留め金を上から順に外して甲冑を脱ぐと、カインは、甲冑の下に着込んだ身体にぴったりとフィットするアンダースーツにも穴が開き、破れていることに気づいた。破れ目は生地が溶け、化学繊維の焦げた臭いが鼻につく。
組んだ両手に顎を乗せてカインの様子を眺めていたゴルベーザが声をかける。
「やられたか」
「もう一歩のところでした」
「怪我は?」
「マグがいたので、大丈夫です」
そうか、と声にこそ出さなかったが、安堵した彼の様子がカインに伝わった。カインは口許を緩め、負傷していたはずの腹の辺りにそっと手をやった。
「おいで」
低く穏やかに響く声でそう呼ばれると、カインはいつも、ふらふらと吸い寄せられるように主の許へ向かい彼の傍らに立つ。ゴルベーザはカインの腰に腕を回し抱き寄せ、カインがそうしたように、腹に掌をあてた。冷たく固い革手袋の感触に、カインの肌が粟立つ。
「まだ装備類を治せるレベルではないようです」
声がうわずってしまわないように注意を払いながら、カインは、訊かれもしないのに、服が破れたままの理由を説明し始めた。修錬を積んだ上級魔道士は、回復魔法で、負傷した肉体だけでなく甲冑やローブといった装備類さえ元通りに修復することができるのだが、マグはそれに至らなかったこと、自分が優勢だったのに彼女に止められてしまったことを、身振り手振りを交え伝えた。
「新しいスーツも用意させよう」
「御心遣い痛み入ります」
「堅苦しい言葉よりかわいい声が聞きたい」
破れた穴からゴルベーザの手が侵入してくる。カインは、はっと息を呑んだ。冷たい革の感触にもすっかり慣れてしまったけれど、できることならば、素手で触れて欲しい。いつも固い手袋越しで、自分の熱は伝わっているのだろうか。もしかしたら、主の身体はもう人の形を成しておらず、醜いものなのかもしれない。そんなことは訊けるはずもなく、カインは目を閉じて余計な妄想をやめ、ゴルベーザの手の動きに意識を集中させた。
ビリビリと繊維を裂く細い音がやけに大きく響いて、カインはこれから起こることの予感に身を強張らせ、ゴルベーザのマントを密かにぎゅっと握り締めた。濃紺のスーツの腹の部分はいまや端切れ同然になり、素肌をちりちりと擦るのがむず痒い。
ゴルベーザが脚をいっそう大きく広げた気配を察し、カインは彼の脚の間に跪いた。
彼の甲冑の留め金を丁寧に外し、下着をずらして取り出したものを軽く握る。主の肌に直接触れることのできる唯一の部分。それは確かに人間の、健康な成人男性のもので、彼の銀色の体毛を見ると、それを初めて目にしたとき、少し意外な気がしたことを思い出す。黒に包まれた主だから、それらも黒いとなんとなく思っていたことを。
長く伸ばした舌をくびれ部分にべったりとつけぐるりと舐め回す。咥内を唾液で満たし、先端を舌先でくすぐりながらそろそろと含む。正しいやり方などわからないままに、ひたむきな情熱をこめて一心不乱に奉仕する。喉の奥を開き深く深く咥えると主が悦ぶことがわかっていたから、目尻に涙を滲ませ嘔吐反応を堪えて頭を前後に振る。
ゴルベーザが詰めていた息を長く吐き出した。
長い髪に指を入れ何度も後ろへ撫で付けられると、身体が瞬時に熱を帯びるのがわかる。そうなればこの行為はもはや義務でも奉仕でもなく自分の悦びなのだと、自分自身のものが形を変え昂ぶっていくことで思い知らされる。
ふいにゴルベーザがカインの両腋に手を入れ立ち上がらせ、そのまま膝の上に座らせた。広げた膝の上では身体が沈み落ちてしまいそうなので、カインはバランスを取るために主の首に両手を回した。ゴルベーザの両手がカインの背中に回り、背骨のラインに沿って撫で下ろすと、いっぱいに広げた指をカインの尻に食い込ませ、揉みしだき始めた。窄まりを外側から引っ張られ拡げられ、主の肩に頭を預けカインは喘いだ。自分でしてみろ、と主が耳許で囁く。ほんのわずかの逡巡の後、カインは左手を主の首から外し、二本の指をしゃぶり始めた。指に舌を絡め唾液でたっぷり濡らしてから、おそるおそる手を後ろに回し、自分の窄まりに触れた。粘膜が指に吸い付く感覚にびくりと身体が震える。異物の侵入を拒む抵抗があったのは最初だけで、カインの細い指は難なく呑みこまれていった。内壁を探りながら指を増やす。二本の指を捻りながら、本来の目的をなおざりにして最奥を目指し指を動かしていたところで、ゴルベーザがカインの身体を持ち上げ抱え直した。先ほどまで口いっぱいに含んでいた主のものが後ろにあてがわれる。カインは指を抜き場所を空け主のものに軽く手を添え、徐々に腰を沈めた。
「ん……っ、う……っ」
声が洩れないように思わずカインは自分の肩口に噛み付いた。自分の身体の重みで、主のものがずぶずぶと体内に埋め込まれていく。やがてカインが腰を落としすべてを収めてしまうと、ゴルベーザはゆっくりと突き上げ始めた。
歯形がつくほど強く自分の肩を噛みながら、自分でも腰を振り立てる。体内に深々と埋められたものが胸の奥にまで届いているのではないかと思うほど心臓はどくどくと脈打つ。尻がぶつかる乾いた音とその奥の濡れて湿った音は、腰の動きに合わせてキイキイと軋む椅子の音に紛れ、カインは、それを耳障りに思いながらも、二人分の体重を受け止める椅子の頑丈さに密かに感謝を捧げた。一方で、激しさのあまりそれが壊れてしまえばいいのにと思う自分の欲深さに、頬を染め俯いた。
痛みが甘い痺れに変わるまでもう少し。身体の奥で主の昂ぶりを熱を感じ、肩から口を離し、主の首にしがみついた。黒い兜の奥から聞こえる荒い息遣いに煽られて漏れそうになる声を、下唇を噛んで堪えた。
ゴルベーザがカインの耳許に低く穏やかに響く声で囁く。
「カイン」
「……は……い……」
返事をするのもやっとのカインに構わずゴルベーザは続けた。
「ファブールの風のクリスタルは、おまえに任せる」
カインは返事の代わりに小さく何度も頷いた。無礼だとわかっていても、唇は乾き喉は枯れ、まともに声を出せなかった。
「隣の部屋に新しい槍がある。それを持って、暗黒騎士を始末してこい」
弾かれたようにカインはゴルベーザの肩から顎を外し、彼の顔を見た。鼻と鼻が触れんばかりの距離でも、どんなに目を凝らしても、黒い兜の奥から自分を見つめる双眸を見ることはできない。
焦れたカインが、渇いた喉を湿らそうと何度も唾を飲み込み、舌で唇を湿らせ口を開いたとき、ゴルベーザはひときわ激しく突き上げた。
「……くぁ、あっ……んっ!」
「そうだ。それでいい」
耳を塞ぎたくなるような自分の嬌声も、目も当てられないであろう嬌態も主のために捧げて、口にしようとしたことは迫りくる快楽の波に呑まれ霧散してしまい、わからなくなってしまった。
2008/03/30